紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


降り積もる自分、光

実家にいた間のことを書きたい。書かなければならない。と思っているのだけど、うまくいかず、いろいろに流されてしまっていた。母が迎えにきたこと、道中のこと、そのとき考えたこと、実家でのこと、父母とともに出かけたこと、いい天気だったこと、父に誕生日プレゼントを渡したこと、妹と笑ったこと、つかっていた部屋を(少し)片づけたこと、見つかった昔のこと、最後の晩に思いがけず青春映画をみんなで見たこと、帰りの車中でのこと、田舎の風景、家に着いてから思ったこと、ぜんぶ、全部が、いまのところわたしには鮮やかであるのだけど、よって書くことができるし、可能なら書きたくもあるけれど、そーゆーのって取捨選択なんだぜ、と声がするのでいくつかだけ書く。

この前に帰省したのは昨年の正月で、今年の正月はアクシデントにより帰れなかったのは前に書いた、かれこれ一年三か月ぶりで、会社の新年度の行事とかすっ飛ばして帰ったのはなかなかの勇気。迷ったけれど家族以外には連絡せず。いつものことだ。年賀状をやりとりしてる幾人かとは「たまには会いたい」と言い合うし、それは真実なのだけど、どうにも連絡が億劫でならない。会ったところで懐かしさしかないというのがわかっているからだと思う。

前回帰ったときのことを書いたエントリもあって、読み返してみて、まあ大体今回も変わらないという感じだった。懐かしさはある。故郷は好きだが、しかし田舎の人は好きではなく、都会で暮らすのがわたしには楽なのだった。田舎は帰れるところか。震災のあとなどは「帰っておいで」と言われてそれは嬉しくもあったけど、帰ってもすることはないから、実際その言葉はからっぽだ。

実家は実家という生態系ができあがっているということをあらためて思わされる。今住んでいる人間だけで構成されている。たとえば、実家のテレビが買い替えで巨大化していたとか(帰省あるあるっぽい)、母が地元の小学校で読み聞かせのボランティアをしているとか(あの、わたしが馴染めなかった小学校で!)、それらに口出しすることはできない。口出しする前に決まっている。わたしは数日間のお客様なのだ。もし田舎で暮らそうと考えるならば、その一員になることを強く、そのままそこで暮らしていた場合よりも強く、意識しなければならない。田舎はけっして優しくはない。わたしはそこから逃げた人間なのだった。

わたしたちは本とか書類を積む一族なのだけど(これも前に書いた)、それと戦うのをあきらめた実家は壁側から徐々に押し出されて狭くなっている。ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』には家が小さくなっていく様子が描かれる。恋人たちがくらし、太陽の光で満ちた素晴らしい家は、彼女が病気をしてから少しずつ(物理的に)小さくなっていって窓はくすんで光が入らなくなる。実家にかぎったことではないけれど、この情景をたまに思い出す。生活はすばらしいものなのだけど、人間がそれに従属することになった途端、それは牙をむいて人をおそう。どうにもそんな気がする。

以前にわたしがつかっていた部屋は、ここ一年くらいは母が使っているらしい。それも他の部屋があふれて彼女の勉強スペースがなくなったからだ。比較的あいている方へ侵食してくる。とはいえ家を出た身であるから、自室を使わないでとは言えないし、むしろ帰省中だけでも寝る部屋があるのだからありがたく、でもちょっといろいろまずいものもあるから片づけをはじめたというわけだ。ついに。

十年。わたしが家を出てから十年が経っている。むしろよくもそこまで手つかずでいられたという話でもある。それでも空いたスペースに家人がさまざまな段ボールを積んでいて身に覚えのないものもあるが、てはじめに学生時代の教科書やノートなどをからげたり。するとその中から、昔のわたしが立ちのぼり、忘れていた過去に直面したわたしはどうにも驚きあわて、目をそむけたくもなるけれど、わたしくらいはこの人のことを好きでいなくてはならぬとも思い、泣き笑いのような、憐憫のまじった愛しさをおぼえる。自分はどうにもあつかいにくい子だったなと思い、まあでもそれは今でもたいして変わらぬと至る。現在の目で過去の自分を見つけ、連続性を得たことは意味あることだった。たぶん。いやしかし、それにしても全然終わらないのね。片づけ。

十年。実家は引っ越しをしていて、わたしがその部屋にいたのも約十年。なのにこの堆積ぶりよ。家を出てからの十年で、同じだけ溜め込めたかといえば疑問だ。こちらに帰ってきて自室に戻るともの少なさに若干クラクラした。いや全然。ちらかっている。ちらかっているのだよ。だけど、実家のものの多さときたら。

どこで暮らすにしたって、覚悟は必要で、十代だったわたしに覚悟はなかったけど、そこで必死にあがいていた。居続けなければならない場所にいた。十代の終わりにどうにかこうにか逃げ出すように実家を出たわたしは、今の場所で生きるのにも覚悟が必要で、もし戻りたいならば、それにも覚悟が必要なんだということを思った。逃げ続けられるわけではない。

すぐに忘れてしまって、そうして何回も思い出すのだけど、わたしはつかむ力が弱くて、すぐに簡単な方へ流れてしまう。それはそれで生き方なのだけど、流れることを選ぶのと流されることは違うことなので、選んだそれをしっかりつかむようにしなくては。そういうのにまつわるすべてがやっぱりわたしには痛いのだけど、それが痛いということがわかった十年だったし、自覚して生きていればいつかは、自信を持って実家に帰れるんじゃないかなと思ったのだった。そういう光が射してきたのがわかって、それを今度は忘れないようにしたいんだ。