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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


みんなの純粋な気持ち.com

「みんなの純粋な気持ちはどこにいっちゃったんだろう」と思っちゃう、とWは言っていて、はたして、そういったものは本当に存在したんだろうか、とわたしは思った。Wと接するようになってから一年半くらいが経とうとしていて(といっても今まで10回も会ってないと思うけど)、この人の印象は何転かしていておもしろい。

 

他者の物語を自分のものにしてしまう人、がいたなぁとぼんやり思い出して、その人は悪気はなくて(性格はひん曲がっていたかもしれないが)、ただただ無意識に生き方として他人の物語を自分の人生に包摂してしまう(しようとする)のだった。それが嫌で自分の話はあんまりしなかったことも。「自分の話をしたくない」からその人と離れたのかもしれないし、「自分の話をしたくない」のがわたしの物語だったのかもしれないけど。

だれかの物語の登場人物にはなりたくない、と思うことが最近あって、それでそのことを思い出したのだった。でもつきつめていくと、だれかの物語のわき役(とか通行人)になることはべつにかまわなくて、ただその人が気持ちよくなるための物語にわたしを使わないでほしい、ということだって定義を少し厳格にした。

この人たち、前者も後者も同じことをしている(したがっている)のか考えている。本当は腹がたつから考えたくないんだけど考えている。

他人に物語をあげたい人というのもたぶんいて、わたしとはスタンスが違うから表そうとすると批判的な感じになるかもなのだけど、ともかくそういう人もいていいんだとは思う。そういう生き方もあるのだろう。が、わたしはわたしの物語を手ばなさないぞって、「手ばなさないゾ」って変換の候補にあってこれではクレヨンしんちゃんみたいですね、思った。思っている。のだった。おしまい。