紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


今年度。半分。

書かないことに対する危機感を少し感じている。感情がすべて流れてしまって、そもそも保持できていない記憶がどんどん無くなっていく。というわけで感情の記録だ。

感情なんて主観だし、その深さなんて伝わらないしわからない。めちゃめちゃ深いという人も、だれかがみたら浅いなんてこともあるかもしれない。しかし、ここ最近の観察から感じることは、そもそも誰もそんなに考えていないのではってことだ。わたしは裏を読んで、裏の裏を読んで、そのまた裏だって勘繰ってしまう。終わりがない。言葉は信じられないから行動を見る。無意識のことだって考える。でも、ほとんどの人はそこまでしなくって、表層に真相があって、特に考えないでボールを打つようなことをしているのかもしれない。し、他人の内面はわからないのだから(自分の内面だってわからないのだけど)、裏があったって、裏の裏があったって、そのまま飲み込んで対応するしかないんじゃないかということなのだった。そんなに考えすぎていては身が持たないということもあるけれど。

自分がなにものか、ということについて、少しずつ整理ができはじめている感じがあって、それは周囲が落ち着いているということもあるし、比較でしか語れないことでもある。なにより、わたしがわたしの歴史をみとめるということでもあった。

言葉が出ないとき、自分のいうことが果たして受け入れられるか考えていて(そして、受け入れられないだろうと考えていて)、相手を、周囲をうかがっているのだと思う。怒られたくないから相手の話ばかりきいてしまう。それを鏡のように反射ばかりしている。でも、その人たちは思いつきでしゃべってたりしてとくに責任をとってくれるわけもないから、疲れてしまうのだった。

今年の頭に仕事をやめてしまった人がいて、わたしは彼女のことが好きだったしサポートしていたつもりであったけど、できていなかったんじゃないか。いつもつらそうな顔をしていた、みたいなことを思い出してしまう。それは、現在、自分が追いつめられている気がしているから。追いつめているものは他者の場合と自分の場合があろうけど、後者については自分のさじ加減だから気にしないようにできるのでは、と思う。極言すれば、他者が追いつめてきていても自分が気づかなければノーカウントだ。でも、気にばっかりしちゃう人だから、それを振り払いたい。たぶん、だれもわたしが思うほど深くものを考えていないのだから。

霊園の中をあるく。区画はしっかりとととのえられていて、園内の道路は舗装されていた。死後にも住所があるのだった。お墓がこわいという印象はあまりなくて、それはたぶん親戚一同おっとり系だからではないか。こわいのは恨みとか祟りであって、それがなければ、みんなおとなしく自分の住所にとどまっているだけなのだ。

お寺でも御朱印やっているといわれて、へー、ってなった。一年に数度だけど、訪ねてくる人がいるらしい。しかしお寺のまで集めている人はそうとうな猛者ではないか。亡くなった人を阿弥陀如来がお供を連れて迎えにくるという。連れの片方が蓮の花を持っていてそこに乗せてくれるのだって。タクシーじゃん。金ぴかのタクシーが来てくれるなら結構結構と思った。しかしいちいちお迎えだなんて如来も忙しいものよな。

駅の階段を降りていて、ほんとは右側通行だったけど階段上の動線の関係で左側を降りていた。つまり登ってくる人がいる側なのだけど、そしたら不運にもかち合っちゃったおじさんがいて、その人がめちゃめちゃ罵ってきたけど、あーすみませんーという気持ちの無表情で通りすぎた。周囲の人が大声におどろいているのが視界に見えて、おじさんは登りながらまだまだ怒っていて、後ろから「最低!」ときこえてきた。さすがに最低なことはもっとあるでしょという気がしながら。今年度。半分。おつかれ。

土に還るんだってば

えらいことだ。約二か月ぶりだ。そのころにあったことでなんだか投げやりな気持ちになって離れてしまっていた。悪気はなかったってわかってるけど、それはやっぱり嫌だったんだよな。それで、とくに傷ついたって伝える勇気もないというか。そんなんばっかです。ちらちらと川は流れていくよ。

そんな間に遅い梅雨明け、マスクと共存する8月を経ての秋。初秋。そりゃあまだ暑い日もあるのだけど、朝夜はだいぶ涼しい。いやけっこう涼しい。エアコンオフ、扇風機オフ、窓オフ寝、一段ずつ降りている。ひんやりシーツも変えていいんじゃないかなんて考えていると突如やってくるエモ波がわたしを涙ぐませる。あの元気いっぱいだった夏にも翳りがヨヨヨ……みたいな感じだ。老臣の気分だ。で、2か月先のことを考える。11月。まだ秋だ。しかし枯れた秋だ。一昨年に登った山を思い出す。かさかさの秋は紅葉も散り落ちていてただただ青空がすこんとつっ立っていた。日中はまだ冬の気配はせず、舞台だけがなんでもないふりをしていたあの空虚さにキュンキュンして予見エモで再度涙ぐむ。情緒がやばい。でも酔っているときは楽しいし詩人になったみたいだからいいの。そういうレジャーなの。

書いてこなかったこと、まだ理由が思いつけて、現在の職場では思っていること考えていることをだいぶ伝えられていて、書かなきゃやっていられないことが減ったのだと思う。同僚たちがかなりいい感じだ。コロナ禍下の職場で客対応のないままに交流できたのもよかったんじゃないかとかも思っている。書いたり企画する業務も少なからずあるので、そちらに力がいっている節もあるのであった(このブログみたいに放言しっぱなしはできないので人に伝える・読ませるための文章力のなさは感じる)。

で、ここから本題に入りたいのだけど。レジ袋の有料化にともなって、エコバッグ活動が本格化したわけなのだけど、ごみ箱にかけておく用ビニール袋の入手が困難になった。解決方法としてはカネを出してビニール袋を買う、なのだけど、それって、、それって、、、という気持ちになってしまう。お金がかかるというのはまあおいておいて(今までは無料でもらっていたのだから)、ごみ箱用のビニール袋を買っちゃったら、それって削減になってないよね同じだよね?? という理路小路に迷い込んだあげく、自治体のごみ袋(有料だし以前から買っているやつ)をごみ箱にかけ、ビニール袋をかけたかった原因第一位の生ごみのスリム化しましょそうしましょ♪ で、生ごみ堆肥大作戦が発動しました。ベランダで。まさかビニール袋有料化がこのような帰結をうむとは。堆肥なんて庭がなければできないと思っていたのに。窓をあけると畑のにおいがします。しらべれば、堆肥も細菌の発酵作用なので、あれだね、パンや味噌と同じですね(味噌づくり、去年からしてるんですが書きましたっけ?)。けっきょく酵母からは逃げられないのでした。逃げられないっていうかむしろこっちから乗り込んでいってる。

同居人はあんまりいい顔はしていなかったけど(わたしがなにかはじめるときは大体おびえて遠くから見守るのです)、慣れてきたら野菜くずを専用のタッパーに入れておいてくれるようになりました。こうやって日常になるんだな(していこうぜ!)のきもち。

いろんなものが、というかたいていの食べ物は発酵させて土に埋めておくと分解されていく。それってすげーって思ったけど、逆に分解されないものもたくさんあって(前述のビニール袋とかその代表ですね??)それもすげーって気もする(堆肥って厳密には土じゃない気もするけど)。人間も死んだら土に還る。でも焼いて骨を壺にいれてお墓に入れたら還らない? あれ、還るの? 還らないの? つって少々混乱。今しばらくはいろんなものを還る/還らないで二分しちゃうモード。