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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


服を着た犬

予感がして窓をあけると案の定で笑いがもれた。夜に壁を叩いていた雨は雪となり積もっていた。そんなことがあるのかしらんというのは、雨はそのまま降っていて、しかし白い雪雪、雨と雪が同居することがあるなんて。同居人はため息をついて出かけていった。わたしも少ししてから出かけた。笑ってばかりいられない。

ユニクロ謹呈の暖パンを履く。いつもは部屋着なのだから格上げだ(いや、格下げか?)。雨は降っていたから傘をさす。冷たい冷たい風が吹くから手袋をする。ちょっとしたときに手袋を外すとすぐにこごえた。出発してから一番最初に出会ったのは犬を散歩している人で、犬は服を着た犬だった。服を着せられた犬というものは人間のエゴみたいなもんが露出するトップ級の事物だと常日頃から思っていたりするのだけれど、でも犬の方も慣れてしまって、アレがないと寒いなー着せてくれよワンワン! とかなったりするんだろうかね。それは犬にとっては進化なのかもしれないなとか思ったり思わなかったり思ったり。犬は小型犬だった。ていうかでもやっぱりこのタイミングでしますかね、散歩。服を着た犬諸氏にはいい機会なので立ち上がって自分の考えを述べてほしいとか思わなかったり思ったり。

雪のため鉄道のダイヤが乱れていた。傘をさしながら雪を踏みしめ踏みしめ進んでいて、アイゼンが必要だなとか考えていた。検索したらモンベルに安価な簡易アイゼンが見つかった。来ない電車にやっと乗るがなかなか進まず通過待ちの駅では開いたドアから雨だか雪だかが滝となって車内に落ちてきた。床には川ができていて、傘で流れをつついた。向かいの席にいた女子高校生が紺のハイソックスをびろーんと脱いで、替えの靴下を履いていた。彼女たちはローファーに短い制服を身につけていて、いつもどおりに見えた。替えの靴下だけが非日常である。それを見て、朝に出ていった同居人に靴下の替えとタオルを持たせるべきだったと思いついた。濡れた靴下なんて惨めさを増すためのアイテムでしかない。自分の気のつかなさを反省しながらも、わたしはお母さんじゃないんだし、というようなことも考える。そういう先回りばかりしていたら、いつか母親と思われてしまわないか。大人なんだし、着替えくらいは自分で気を回すべきという気もした。このへんはもう正しい正しくないではなくて、普段のやりとり取り回し思考なんぞによって発露するだけのものであって、ここでどちらを選択したところで変わらないのじゃと言いきかせる。ていうか、知らなかっただけで持っていってたかもしれないし。えらい! えらいぜ!!!

この件にかぎらずだけど、わたしはひとりで考えすぎてややこしくしたがる癖があるよねと思った。ややこしくなければ人生ではないと思っている節さえある。難儀な性向であった。