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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


アタック25

父親の体調が芳しくないという報せがはいった。父の日の前日。来週そちらに行こうかしらと母とのやりとり中のこと。父は飲酒が好きすぎて肝臓の調子が悪くなって、近ごろは医者に禁酒を申し渡されていたので、それか、と思う。血でも吐いているのではないかと心配で気を揉む。母に電話をかけても出ない。すわ緊急搬送でもされているのでは。

一時間後には母から「(父は)昼間は出かけていて、帰ってきて夕食をとってから、咳をして発熱した」とのんきなメールが入った。ああ、風邪くらいなのね。ひとまず安心。段々にたいせつになるのは自分の健康、そして親の健康。

実家はクイズ番組が好きな家で、食事時や夜の団欒の時間(今思ったけど"欒"ってすごい漢字! 下部が手だと”攣”!!!)、はい正解はい不正解とチャンネルが合わされていた。

アタック25といえば、日曜日のお昼にやっていて、回答者は一般の人々というクイズの番組だ。5×5に区切られて1~25まで数字のつけられた大きな方眼があり、クイズに正解したら、パネルをひとつ選ぶ。最初のうちは味気ないマス目を各人が取り進み、賑やかになるが、そういうモザイクをつくるためにパネルを取るわけではなくて、自分の取ったパネルで他の人の持ってるパネルを挟むと、挟まれたパネルが挟んだ人のものになる。テーレー(怖い感じのBGM)。クイズによる陣取り合戦。要は四色でオセロをやるのだ。それで、最後に持っているマスが多い人が勝ちなので、クイズ以外にもゲーム要素も兼ね備えた、ちょっとムツカシー勝負なのだ!(知らない人のために説明しました。みんな、知ってるよネ!)

それで、父は昼間にそのアタック25に出場するための予選会に出向いていたと言われて、思い出したことがあった。

わたしは小学生だったのでもう二十年は前なのだと思う。その時も、父はアタック25の予選会に行くはずだった。前日か少なくともその一週間以内に、父がそのことを教えてくれて、わたし達はやったやったと騒いだ。予選を受けさえすれば、番組に出られると思っていた節がある。

しかし、その当日に母親に急な仕事が入り、父は子どもの面倒をみるように言われた。父はなにか言ったように思うが、覚えていない。母が怒ったのは覚えている。子どもの面倒をみないといけないから、それはやっぱり土曜日だった。わたしは、妹と一緒に家にいるから、是非テレビ局に行ってきてよと頼んだのだけど、結局父は出かけなかった。わたしは父にテレビに出てほしかったのだ。

かれがアタック25になぜそんなに執着するのかよくわからないのだけど、20年経っても同じ気持ちを持っていたことには驚かされた。そしてわたしも、20年前とかわらず、父にあのクイズ番組に出てほしいと思っている。

夜が明けて、日曜日の緊急診療に連れていかれた父は熱も下がってケロリとしていたため、母に「知恵熱?」とからかわれていた。容赦のないことだ。