紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


仲間外れの日

雨がすごいし。山の名前の颱風が来ているらしく、起きたときからずっと雨が降っていた。こんな日は家にいるにかぎるのだけど、約束があった。遅くなりそうだったので、夕食の準備をしておく。

雨だから服装が難しかった。穿きたいスカートにレインブーツが合わなかった。コート代わりに長めのジャケットを羽織ったら、スカートがはみ出してバランスがもったりとしてしまった。柔らかいブーツは形が変えられるので短く折って、スカート丈も調整した。久しぶりにきちんとお化粧をしたけど、マスクも持っていくことにした。

とあるイヴェントの観客として出かけたのだけど、結果としては楽しくなかった。のだ。意見を問われる瞬間があったのだけど、それらは政治的なやりとりで翻弄され、ナアナアなところに落ち着いた。そのやり方には不満はなかったが、そもそも議論の内容にあまり興味が持てなかった。評価基準についていろいろ言われたけど、形式ばかり重んじられているようだった。この人たちのレヴェルは低いと思った。門外漢なのに。

市長は身体の大きな人だった。ずっと昔の首相に似ていると思った。想像よりは優しそうで、こちらの意見をきく姿勢をみせた。が、ポーズだけのような気もした。気の強い人しか発言できない世界のようだった。苦手な空間だった。皆の言ってることが難しくきこえた。なにを言っているかは理解できるのだけど、心と耳がふさがれてるようで、この人たちに考えを話すことに一所懸命にはなれないと思った。

そんな自分がだめだなと思ったし。でも、すごく好きな人には迷惑だと思われても話しまくりたいのだと強く思い、何人かの顔を思い浮かべた。その人たちの前ではあんなに無防備なのに。心をひらけないことが悪いことのように思った。けど。そんなことはないはずなのだ。と自分に言い聞かせるように。

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市のマスコットも近くにいて、カサカサ動いていた。動くたびにどこかがこすれてキュルキュルと不思議な音がした。はたして前が見えているのだろうか。移動するときには横にスタッフがやってきて、小さな声で「●時の方向に▲歩」とか教えていた。

職場から一斉送信でメールが入っていた。(元)上司と同僚が入籍するという話だった。ふたりがつきあってるのは皆知っていて一緒に住んでるそうなので、まあ事実婚みたいなとこもある。わたしは、心の奥では、(せめてわたしが辞めるまでは)結婚しないでくれと思っていた。職場にややこしいことを増やさないでほしかった(自分もそうだったくせに思ってしまうのだから勝手だ)。当事者ではないので、なにも言えないのだけど。

まあでも彼女が30歳になる前に結婚するだろうとは思っていた。彼女は29歳でじきに誕生日がくるのだ。なんか。たぶん。30歳代になるのってやっぱり大きなことのような気がする。優しい男の人なら、彼女に「二十代で結婚した」というレッテルをあげるのではないだろうか。

ここで「あげる」ってつかうのヤバいなと思いつつ。結婚というのは男女双方の合意でもって成立するものであり、男性側が「あげる」ものではないのだ! ってフェミニストの声がきこえるわ。あと、30代ってキラキラして素敵なのよっていうおねーさま方の声もきこえるわ。うう。とりあえずこの幻聴は無視しよう。

もうほんとうに。わたしは長い時間をかけて、彼女のことがあまり好きではなくなっていて。もーほんとどーでもいいーのだ。理由をあげることはできるだろうけど、すごく個人的なこと。だろう。総括すると、総括して好きじゃない、のだ。嫌いじゃないという気持ちもあるけれど。好きじゃないし嫌いじゃない。ニュートラルな状態の人なのだ。いやでも、嫌いの方が勝ってるかな。でも嫌いっていうと角が立つから言わないでおく。嫌いって言っても角が立たない人もいるけど(だよねーって思われるとか、笑い話になるとか)。嫌いって言いにくい類の人って大きく見ると害のない「いい人」なのだけど、局地的にみるとストレスの発生源だったりすると思う。本人は一所懸命なのだろうし、それが当人の戦略なのだ。

わたしが自分の悪意をさらけ出せればいいだけの話なのかもしれない。ね。そんな根性のないわたし。嗚呼。次に会ったら「おめでとう」って言うし、なにか贈り物でもするかもしれない。彼女が悪いというよりは、自分で自分を裏切っている状態が悪いという気がする。「いい人」の仮面をかぶっているのはわたしなのじゃないだろうか。

人生を楽しくするのは自分、という言葉を思い出したものの、どうにもそんな気分にもなれず、ロビーに腰かけて時間をつぶした。変わらず雨が降っていた。入口の屋根の下に退避してバスを待っているご婦人たちのせいで、自動ドアが閉まりかかっては開くのを繰り返していた。彼女たちは気づかず楽しそうに話していた。

地下の階から大きな荷物を持った人があらわれた。サンタクロースのように布袋を肩にかけたのを両手でおさえていた。あんな備品あっただろうかと考えたが、「マスコットの頭だ」とすぐにわかった。あの大きな着ぐるみは分解式になっているのか。しばらく見ていると、またも大きな段ボールを持った女性があらわれた。周囲を確認して、わたしが見ているのに気づくと、それを死角にひっこめた。あの妖精然した(妖精と言い張っている)キャラクターは頭と胴体部分とにばらして運ばれているのか。バラバラ事件だ。秘密にしているに違いないが、これはいいものを見たと思った。

携帯をみると、着信があった。さぼって会場にいないのがばれたらしかった。明らかに苦痛な時間が15分でも減らせたのは収穫だった(申し訳ないけれど)。

雨は24時間降り続き、わたしは街の底にひとりぼっちみたいだった。望んでそうしたのは自分なのだけど、なにもかもをみはなし、なにもかもからみはなされていた。

ほんとうは違って、心配して連絡をくれる人もいたのだけど。その人だって、形式を重んじる人たちの仲間だったのだけど。みはなしてしまったから。びしょぬれで帰ったっていいのだった。