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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


小さな生き物

又自分がからつぽである気がして居てもう病氣の様であるが然んな時は少し絵を描く。対象を視ながら鉛筆で少し宛線を展ばしてゐつて、延伸歪曲交叉が像を做る。周圍は靜で用紙に向かつて吸い込まれて行く様な白い午后。砂時計の砂を憶い出させる。

わたくしがそぐわいされてゐるやうに思ふのだつて、今にはじまつたことではないし、寧ろ自身で選んでいるといふことをお忘れなく! 選びかねてるのを選んでゐる。然し寥しい。

ゆつくりゆつくり絵をくわいてみる。ゆつくりゆつくり文章をつくつてみる。一分に幾らも進まず焦れる。のが似てゐる。書きなぐわら推敲は文章のペイスを落すぞ。

外出の準備とともに降る雨のいぢわるじゃない? ずるじゃない?

網戸の内側に虫がいることがあって、今日は緑色の多角形、おそらくカメムシが窓ガラスと網戸の間にいて、どうしたもんじゃろのう、、とか言いながら、そういえば昨日は窓上の壁に黒い丸、おそらくレディビートルがいたの、どこにいったのでせう。近ごろは小さな八本足、かなりの確率でクモの仲間も窓の内側を移動していたので、食べられてはおるまいか。

雨があがった翌日のしめった土に視線を近づけてみると、小さな小さな黒や茶色やささやかな光沢がぞろぞろとうろちょろしているのを見つけることができて感心する。ヤヤッ、こんなにも虫たちが。少年は土こそ木の棒でつつくものの、虫を追うときは躊躇なく手をつかう。虫だってこの突然の捕獲から必死で逃げる。ちょろちょろと地面と同じように木の枝も草の陰も肌の上もかまわず走り抜け、上も下も左右も表も裏もそこにはなく、立体も平面じゃワハハとわたしが頭の中で声をあて、しかし表面上は少年の味方だから、ヤレあっちにいるぞとか、ソレ虫かご代わりの牛乳パックの切ったものだの言ってはたらいた。

立派な樹がいくつも立ち並んでいて、カブトやクワガタがいるんだろうか、登れる太さでなし、足掛かりになる枝はなし、葉がついているのは頭上高くて、それらを捕まえると言われたらどうしようと思ったが、少年の視線は足元に及んだのでほっとした。姿は見えないが、セミの声がしていた。かがんだ先ではその抜け殻や死骸が転がって、絵画の一部を成していた。小さな虫にもかわらない興味を向けて、はじめはダンゴムシが入っていた箱をこだわらずひっくり返してなんたらゴミムシを集めていた。たくさんたくさん。

なんだか違和感をおぼえてみた脛に黒い塵、、、反射的に蚊をつぶして、部分が赤と黒で汚れる。手を洗おうと少年をさそうと意外にあっさりとついてきてくれてほっとする。手をぶらぶらさせながら出てきたかれにハンカチを貸すと茶色い線が幾筋もついたのを見ないふりする。