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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


夜は味方

っていうと乱歩っぽさがある。ほんとうはほんとうはってばっかり言っていて思っていて、現状を受け入れてない感。たぶんその通りで、本当の自分があるなんて思ってないけど今の自分はなんか違うって思いつづけている。たぶん一生ずっとそんなんだろうと予感する。

夕方になるにつれて落ち込んできて、だるさ、やっぱり活動しているときはどんなにゆるくても気をはっている。天気のせいかみんなもだるそうだった。変に大人ぶらない、一対一でかかわろうと思うこと、そうしていい場があるのだけど、それすら「一対一でかかわろう」という意識が出てしまって、素ではない。ほんとうの自分がないように素なんてものもないのかもしれない。自分の背中は見られないみたいな話の気がしてきた。いろいろな場面の自分を切り貼りしているし、その全容はだれも知らない。

疲れすぎて攻撃的かつ悲観的になっていたりして、寝ると少し前向きになっていて、前向きになるのはいいとして、でもやっぱり人間としてはずかしい感じがする。わたしの意識なんて体調に左右される程度のもの。近いうちにしたいこと、髪を切る、旅に出たい。

タモリ式会話術

「髪切りました?」ってよく言ってしまう。昨日と違うってすぐにわかるのだ。でも、「かわいいですね」とか「かっこいいですね」とかは言わないことにしていて、「さっぱりしましたね」とか「春ですね」とか。髪を切ったことには気づくのに褒めないのかよ! みたいに自分でも思うけど言わないことにしている。でもやっぱり切りたてはすっきりしていてその人の輪郭を引き立てていてわたしはその人の新しいかたちをずっと見ていたくなる。

 

職場の要請により必要な書類を取りに行くけど、正直全然行きたくない。し、出したくないし。わたしが提示していないものを職場が勝手に必要としていて、それを出すことでハクがつくのかもしれないけれど、説明不十分のその姿勢には最初から不信感で、だーいすきな職場♡だったら違うのだろうけどそんなことはもちろんないし、もう本当、これを出さないで馘首ならばそれでもいいくらいに思ってしまったりもして、ああやっぱりわたしは「生きる」が大事すぎて、「生きのびる」をおろそかにしてしまうのだと考える。もーほんと、納得いっていない。そんなことのために遠出しているのがばかみたいだし、電車に乗っているうちに郵送で依頼した方が簡便だったよなとか思ってしまう。かなしいので目的地の近くで有名なお菓子を買う。ああこれでこの書類を出さずに破いてしまって、そしたらわたしの一日はこの美味しいお菓子を買いに来た日になるのになぁとか思いながら。「生きる」と「生きのびる」を近づける方略を考える。

法人も「人」なので(法人格!)、やっぱり「生きる」と「生きのびる」があって、わたしに書類の提出を命じるのは「生きのびる」の一なのだろうなと思ってみたりして、なんだかなー、わたしが愛するのはたとえばロッカールームでみる同僚のニットの編み目だったりその色のうつりかわりだったりするのだよ。制服はわたしたちを守るかもしれないけれど代わりに人格を奪っていく。それでも真っ赤なスカーフを首もとにのぞかせていたりする人は素敵だ。切りたての髪もいい。生きているって素敵だ。生きるために生きのびよう。とりあえず今夜は。