紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


はーノームコア

赤い服が着たいなーと思ったら止まらなくなってしまって赤いセーターを出してきて着た。真っ赤ではなくて朱とか少しオレンジ寄りなんだけど。でも横に比べるものがなくてそれを着てると、わたし赤いなーってなる色だ。あざやかだ。動いて目にちらちらうつる赤。クリスマスに赤と緑と白を着たくなったらまたひっぱり出すな赤。なんせこれっきゃないのだし。

今年は転職したこともあって、無地の服をけっこう着てた。紺、グレー、白、黒……。あとは暗めの青のヴァリエーションくらいで、明るい色の服はなかった。柄とかイラストの話をはじめると長くなってしまうけど、柄の服が好きだし、グラニフコラボとかのでっかいイラストの服も好きだ。それは今まで自分に自信がないから着てる気がしてて、無地の、それも白シャツなんか着ちゃった日には不安で寄る辺なかったのだけど、少ししたら慣れたし、はーノームコアって思った。はーノームコア。無地のお洋服は特徴がない(ように見える、ほんとは違うのだけど)から隠れたい人が着ると思ったけど、ちがくて、自分に自信のある人が着るのだ。不安のまま無地を着ていると自分がうすくなっていく。のが極限になって赤を欲したのかもとか思う。このへんいろんな感情が渦巻いていて、べつの機会にゆずろうと思うのだけど。

ネットフリックスの『13の理由』、少し前にシーズン3まで観終わっていて、ここからはもしかしたらネタのバレがばれるかもしれないのでご用心いただきたいのだけど、途中でタイラーが「死んだら変われないと思った」というようなことを言うシーンがあって、それがシーズン3の中核ですべてなのだと思った。シーズン2まででとんでもなく嫌なやつは死んでしまって、でもかれが変わろうとしていた姿がえがかれる。正直、前シーズンまで観ていた感想としては、「ぜったいゆるさない!!」だったんだけど、死んでしまったその人をだんだん愛おしく思えてきてもいた。その変化を受け取った者もいたし、それでも許せないと思う者もいたし、関係は変わっていけるのだ、ただし死んでしまったらそれはかなわない。という断絶の一方でタイラーやジェシカが強くなっていったこと、でもその強さは自分の弱さを受け入れてこそのものだと思えた。

あとはほかの方々の感想を見ていると、アニがそんなに嫌われていたとは、とか、ラストについてはまあ、ちょっとね……というのは思った。ここでその選択する??? 真実を求めまくってたのにねー??!?!? というところから人間だれしもスタンド(ジョジョ)をもつという話をしたかったけどそれもべつの機会に。

野菜と出会うとき、また出会い直すとき

めちゃんこ寒くなり、もうこんな日は鍋、毎日鍋だっていいくらいと思いながら吸い込まれるスーパーにてたくさんの青果に囲まれながら、あれもこれも野菜だと思う。鍋にいれるのは白菜きゃべつ水菜大根長ねぎなどの群から1種類(以上)、きのこの類もあるといいかも、鍋の種類によっては色どりに人参のオレンジかブロッコリーの緑があってもいいかも、とか。春菊ほうれん草はアクセントにいいなぁ、とか。考えながら、ああ野菜ってこんなにたくさんあったのねと思う。

幼いころの野菜の知識といえば、玉ねぎ人参じゃが芋であって、これはまんまカレーの材料。色合いも簡潔で悪くない。しかし、のちに思ってみれば人参のオレンジは緑黄色野菜の特徴とはいえ、野菜世界の中では異端だし、形も似たり寄ったりというかこれらはぜんぶ根菜だしね。この狭く偏った野菜観が世界のすべてだったあのころと比べれば今日のスーパーの輝きの豊かさよ!!! みたいな変な気持ちになってきて、目に映るすべてのものがメッセージで、ナスやゴボウやカボチャやトマトやインゲンなどを見るのであった。まあでもこれらの大体をカレーは包むことができるのだけど……。

大人の味覚は複雑だみたいな話にしたっていいんだけど、まあなんだか豊かさを享受して、今日はおでんにしました。大根しかはいってない!! 鍋の世界の多様性の話もする? 結論は同じになるかもしれないのだけど。