紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


すんすん

亡くなった人は手広くやっていて、とにかくわたしたちをつなげ、いろいろなことに巻き込んでいった。

とはいえ、その強引さと無鉄砲さに辟易して、なんとなくつかず離れずになる人も多かっただろう。からっとしていたから、連絡がなくても一年後にふっとメールがきてやりとりしてしまう。そういうことができるのだった。

それにかんして誰が内で外なのかよくわからなくなっているのだけれど、家族なのか、その人が心血をそそいでいた活動なのか、職場なのか、それとももっと昔の仲間たちなのか、わたしはそのいくつかを知っていて(そもそもごちゃまぜにする人だったのだが)、内なのだろうけど、意識としてはもう少し外側にいて、どう気を遣えばいいか置き去りになっていた(子どもじゃないんだから自分で決めなさいと思いもするが)。もろもろの都合でかかってきた久しぶりの連絡にかけ直してみれば事務的なやつで、特に深い話をすることもなくやりとりは終わった。声はやっぱ元気なかったよな。わたしが知っていたのが、かぞえたら10年弱で、でもその人は子どものころからだから30年くらいのつきあいなんじゃないかな。そう考えると、事務的だったなんて切り捨てること、できない、よな。

そんな気持ちをかかえてもなにくわぬ顔で仕事とかはしているわけ。精神が不安定になるなんてことはなくて、でもふとした時間に、あの人いないんだなぁってすぐに考えてしまう。いやはや無力。それで、よくわからないなんとか委員会の人がやってきて、お話ききたいですのやつの白羽の矢が立ってしまって、歯を食いしばりながら謎の会に同席して、むにゃむにゃとよくわからんことを口にしていた。むずかしいことを口でいっても、すぐにわかんなくなっちゃうから文章でやりとりしたいなぁとたくさん思った。

音声になると言葉の意味はうすくなり、声とかトーンとか言い方とか仕草でわかったようなわからないような感じになる気がした。なに言ってんだってわかんない質問もぐいとハンドルを切って自分の好きな話をしちゃうこともできるんだよ。そして誰もそれを注意しない。という地点にいたっては、この時間無駄じゃんねという気持ちになってしまうので、なにとぞ文章でよろしくお願いいたします。と申し上げておきたいですね。