紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


シェフ - あと一週間

   

 

恋人が心変わりをしているらしいということに気づいてしばらく経った。許せると決めたポイントも過ぎてしまった。それでも、そのことをシェフにいえなかった。眠れず食欲もわかず、ただただそばにいたがって、でも、執着のようなものだったから、一緒にいたって、幸せなわけはなかった。携帯のチェックももはや、麻薬なみの常習性でもって、わたしを離さなかった。なにもかも手詰まりで、八方塞がりだった。許せないと思っていたし、でも、元通りになりたかったし、向こう様との睦言メールを読みながら、それでもわたしが一番だよと言われたかった。悪癖も最上級になっていて、別れを想像しながらの甘酸っぱさは、痛いほどになっていて、甘さで自分を殴りつけているみたいだった。その果実はもう腐っているようだった。本当に駄目になる前の最後の甘さだった。

 

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photo by ATENCION

 

そんな日が続くわけもなく、シェフだってわたしの相手をしながら、向こう様とうまいことやらないといけないわけで、さすがに疲れてきたのだろう。わたしはひたすら重くなる一方だったし。

シェフはわりと器用な方の人間だったけど、悪気があって人を傷つけるというタイプではなかった。たぶん。悪さをしても、そのときのメンタルはせいぜい、小学生の悪ふざけというか。つまり、開き直って二股するという人間ではなかった。と思う。たぶん。

 

その日は。この一件がはじまってから、ふたりの中で一番ひどい日だった。と思う。

そもそも険悪な雰囲気で、わたしは暗いし、理由をきかれても答えないし。とりあえず食事はとろうと、早めの朝に、ふたりで定食屋に行ったのだった。食欲はないから半分以上残した。

いろいろ考えて、責めないように、携帯をみていることは言わないように、選んだ言葉はこれだった。

「もし、わたし以外に気になっている人がいるのなら、そっちに行ってください」

確か。そんな。

やっぱりまだ思いきれてなくて、作戦としては、これでシェフの目がさめて、やったー大団円ーになる。かもしれなかった。すべてが収まってしまうかもしれなかった。そんなわけないのに。

 

シェフは、なんでそんなこと言うんだと言った。少し怒っていた。そんなことあるわけないだろう、と。嘘をつかれた、と思った。それまではこっそり騙されていたわけだったけど、これで、シェフは自分の意思でもって、わたしに隠し通すことを決めたのだった。冷静に考えたら、この決断は責められないとも思うのだけど、とにかく、嘘だと思った。

わたしは続けて、「せめて、シェフのことを好きな人とふたりで会うのはやめてほしい」と言った。と思う。彼からしたら隠せてたはずの情報を、わたしにとっては切り札でもあるこのことを。ほのめかすレベルでだけど、ともかく口にしてしまった。

シェフは神妙な感じだった。と思う。でもやっぱり怒っていたのかもしれない。ともかく、認めはしなかった。「わかったよ」とは言ったかもしれない。わたしも携帯をみてることは言えなかったから、変な感じだった。わたしたちは互いに核心を避けながら、追いかけっこのような会話をしていたみたいだった。知っているのに知らないふりをして、相手を探り合っていた。

それから。話は確実に転がりだしたと思う。たぶん。完全に向こう様の方がよくなったんだと思う。メールの返事も減ったし、邪険にされてるなと思うことも増えた。終わりのはじまりも終わっていく。