紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


冬支度

この時期は蒲団を買うのにめっちゃいい時期なので、秋にうまれた人はいいんでないかという気がする。真冬のうまれはニットもらいがちだし、夏うまれの人は冷え冷えグッズに飽いているのではないか。

蒲団はめったに買わないし、それゆえ(なのか)高価で、それをめぐる言説は業界の人の言葉になりがちな気がする。いざ買おうとおもったときに調べると出てくる情報の真実らしさを疑いつつも鵜呑みにするしかなくて、ほんまかいなと思いつつ、けっきょく実用(期待)とオモシロ(トンデモ度)の落としどころが丁度よさげなものを選んでしまう。というわけで自分用にまたニセ科学的掛蒲団と同居人には羽毛蒲団を購入した。高価い買い物をしたあとのわたしは、詰め込まれた情報による頭でっかちですごい。ウェブページで見た情報をそのまま垂れ流すちゃんになっている。羽毛の種類、鳥の種類、縫製の種類、縫い糸の種類、側生地にもランクがあるーーー!!! という感じで羽毛蒲団っていくつかのパラメータからなる完全なピラミッド計算式によりお値段が決まるっぽい。100万円の掛蒲団で人は幸せになるかどうかはわからないが、とにかく最高級かける最高級かける最高級はそんなゼロたくさん万円になってしまうのはなんとなく理解できた。

それで蒲団が届いたんだけど、めちゃめちゃ厚い。今までの蒲団は厚みなんてないに等しい。これらに比べれば紙だ。厚いくせにふんわりとしていて思うより重くない。こんな物質がこの世に存在していたんかと思う。わたしの知っている世界は蒲団界に入ってすらいないのかもしれない(紙界)、旅先で出会った蒲団ですらこれほどの厚みはなかったように思う。そんな厚いものが寝室に突如としてふたつもあらわれたのだ。存在感がすごい。気持ちとしては部屋の半分の高さほど埋まってしまっている気がする。おそろしい。このままでは寝室が蒲団に占拠されてしまう。いやそれは普通か? 蒲団のランクがどうとかいう話はできないけど(比較対象が紙しかないから)、単純にこれだけの厚みのある布ならばもたらすであろうあたたかさは示されている。ただただ暖かい布にふれているだけなのかもしれない。が、判断は難しい。

というように、いい蒲団を買っただけなのだけど、感動がすごく、なんでも初めてのことって感動があって、わたしはこのブログにそんなことを幾度も書いているよなと思ったりもするのだけど、自分で蒲団を買うのって大人になった、なってしまった感じがあり、嬉しいんだけど少しさみしい気もする。わたしに蒲団を与えてくれた家族の庇護はもう遠いのだった。とにかくこの温さで冬は乗り切れる。うれしい。あたたかい。少しのさみしさ。堂々巡り。