紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


イカ問題

NHKの家庭科の番組を偶然みて、なんだか打ちひしがれてしまった。それは買い物をする回で、そもそも顔を黒く塗った性別不詳の人物(たぶん男性なんだけどフェミニン(または中性)に寄せてきてる感じ)が白とシルバーのイカを模したような衣装で出てきて子どもっぽいことをして球体の中の "カテイカ様" にたしなめられて正しいことを学んでいく(そして最後に踊る)という流れなんだけど、いやもうこの読点の前で全部説明しちゃってるんだけど、適切な買い物ができず慾望のおもむくままに買っちゃう人物(エンドゥという名前だそうです)が怒られて踊って、指示にしたがったら上手に買い物ができて踊ったんですね。

筆箱を買いに行くんだけど(冒頭、大量のポテトチップスを買って帰ってくるところからなんですが、これも筆箱を買いに行ったはずなのになぜかお菓子を買っている! しかも家に以前買った同じお菓子が!! という豪放さ)、それは使っていた筆箱が壊れてしまったからで、買い物をする前にチェックすることみっつをカテイカ様(の部下)が教えてくれます。

  1. 同じもの(ここでは筆箱)を持っていないか?
  2. 今あるものを直して使えないか?
  3. 誰かに譲ってもらえないか?

このみっつの解が×のときにはじめて買うことが適正だといえるのです! さらに買いに行く前には自分の欲しい条件を書き出してそれに合うものを選ぶのです!! といった風。

 

あーもうね、無理。ごめんね無理。なんだこれ無理。なんかいいな、ぐらいで店にもしくはネット店舗にシャラランと行ってしまえる時代。わたし(達)が買っているのは差異であり、なんかいい感じになった気がするムードであり、どこの馬の骨ともつかない情報なんだ!! と思う。ぜんぜん家庭科的に正しい生活を送れていない。持ち物については数年前から考えていることもあり、狭い部屋でものに囲まれて思うところめちゃめちゃある。家庭科的に正しいこと、わかる。テストでも正しいもの選べると思う。でも生活でうまくできる自信はない。乖離している。そのことに愕然としたし、今現在の小学生たちも同じ感じにならないか? 現実と教科書が相反していない? わたしの意思が弱いだけ? みたいな気持ちになり、ついでにわたしが家庭科教師だったら上手く授業できる自信ないなとも思った。最後のは完全に不要な悩み。

何年か前にミニマリストがはやった。物を手ばなすのは実は楽しい(脳でなにか出てると思う)。でもやりすぎは不健全ということがだんだんわかってきた。不要なものはたくさんある。しかし余剰があった方が人生は豊かだ(こころが潤うというか)。そういう個人の天秤のほかにものや情報を送り出す社会のありかたもある。売れないと食っていけない人がたくさんいる。社会全体が自転車操業になっているイメージだ。物を買うのは好き、持つのも好きだけど自分のキャパシティをそろそろ超えてる感じもあり、減らさない限り物を持てないな。少しずつ手ばなしてるけど需給を考えるとうまくいってるとはいえない状態。番組と全然関係ないところまで来てしまった。まだ考えていく。

(カテイカのサイトは謎のダンスがみられるので是非見てください)

www.nhk.or.jp

 

ぜんぶ電子化してしまえばいいんだろうか。漫画は比較的買わなくなったのだけど、気になるのもあって、ここらで電子書籍デビューもいいんじゃないかとは思う。とはいえ電子書籍のプラットフォームもたくさんありすぎて統一してくれよと思う。そう思えば本ってめちゃめちゃ統一された形態ですよね。