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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


なわとび(2)

何んっであんなに飛び跳ねることができるんだろね。どこからか縄を見つけてきた子どもたちがまわせとせがむ。大きな放物は手元でいくらかは調整がきいた。おとなの智恵だがそれでも時おり思ったのとちがう線がえがかれ失敗につながった。子どもたちよごめん、その躓きはこちらの力不足によるものなのだ。

大きな子たちは跳ねたり飛び込んできたりを楽しんで、その休憩中に小さな子どもたちが(些か速い)蛇の動きを飛び越えた。どちらにしても縄にぶつからないように、只々反復。さらに反復。粘り強さというのともおそらく違って、単純にそれに挑んでいるだけにみえた。そこには"成長"とかの時間的なものは一切ない、という感じ。積み重ねではない単純に一回きりの試行が跳ね散らかされた。するとそれにつきあわなくてはという気持ちになって、わたしはとにかく一緒に跳びもした。何をしていたのかはわからないが、とにかく跳んだ。失敗しないようにするけどそれは邪魔にならないためで、影のようにただその試行に参加した。母親たちはスマホで写真や動画を撮っていた。

あれはなんだったんだろう、あの懸命は。ひたむきさは。感情ではなかったように思える。将来なにかに活かされる時間だったんだろうか。いやいや、そんなことを考えるのは野暮で、やっぱりただその時間を懸命に立ち向かっただけなんだろう。なんて思う。思考が進みすぎて、最近はすべてのつながりを否定しがち。ものごとが独立し、分散してただよっている。またいつか、そのうちいつか、すべてのものがつながり意味を持つ日が来るんだろう。見えない線をさがしてみたり突き放してみたりを交互する。

 

 

soulkitchen.hatenablog.com

※前もなわとびのことを書いていました