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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


うまれたての言葉の小鹿のようなぷるぷる後ろ足

あなたなくしてこの成功はなかった、というの本当だけど半分は嘘。実際に各人が占めた場所、積み木を重ねてピラミッドができる。ピースがひとつでもなければ成り立たなかったけれど、なければないでほかの誰かがその位置を埋めるだけなのだ。というの、本当に情緒というものがなく、口に出せなかった。

講演的なもの、「このスライドを先ほど〇時までつくってました」っていうの、失礼ではと思ってしまうんだけど(ちゃんと準備しておいてくれよ)、でもうまれたてのほやほやをきかせてくれるなら、それは貴重なのかもしれない。ずっと前に出来上がっていて何遍もやられて為れた口調で話される言葉は半分くらい生きていないかも。でもやっぱりうまれたての言葉って、やわらかくて脆弱で、”新鮮である”ことしかいいところがない場合もある。みずみずしくってかつ強く生き延びていく言葉、言説、考え方はどこから出てくるんだろう。どこにいるんだろうか。

また一方で、心をゆさぶってくる話し方というものも怖い。感情で盛り上がるのって正しい気がしちゃうんだけど本当にそうなのか、それこそ語り口の"新鮮である"ことに振り切った表現方法ではないのか。その話をきいて泣くなというつもりはないけれど。発表者のまたは自分の感情に浸りきるのも重要で、でもそこで終わってしまってはいけないのでは。お互いに。等。

なんて。新奇であることだけを価値づけて文章をつないでいるだけなのではこの日記そういえばなんて思いながら今日はおしまい。