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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


あたらしい言葉

いろんなものが同時に終わるというタイミングがまれにあり、プラスチック用のゴミ袋がうまっていく。昨日は砂糖と乾燥ワカメと切り干し大根とあとなんだっけ。溜めこまれていくものたちの一方でそれはそれでなんらかの満足感。欠品にはご用心。とはいえ、本当になくて困るものなんてそうそうないのだった。

ドラマもどんどん終わっていって、それはそういう時季なのでしょうがないのだけど、最終回で急にぶっこんでくるのがあり、惰性で最後までいっちゃったのもあり、でも『逃げ恥』よかったですね。誰に言ってるの? よかったです。話が恋愛全開になりだすとやめてくれーってなっちゃう病気なのでそういうときは半目でみつつ、最終回のひとつ前の話は全部全部むずがゆくて辛かったのだけど、「恋愛の搾取です」からいつもみたいにおもしろくなった。お仕着せの言葉とか、よくある言説みたいなものがある一方で、それを打ち負かすことに価値をおいている面があり(よくある台詞を言ったっていいのだけど、それが自分の中から出てくるものならば)、新奇なことを言ってほしいわけではないけれど、あたらしい言葉を自分の中から取り出すことをあきらめませんように、そういう点でもよいなぁと思ったのだったよ。でもここまでキラキラしたドラマになるとは思わなかったのでガッキーすごい。

原作の空白っぷりに気づいたのは第二話あたりで、契約偽装結婚のふたりが両家の顔合わせをする回が、漫画ではさらっと描かれているのだけど、ドラマで、つまりじっさいの身体をともなってやってみるとかなり無理があるのではと思ったのがドラマ視聴のあとで、しかしそれが上手に埋められていたので、原作ではひらまささんの両親はあれ以降出てきませんよね、それがドラマでは少しだけど話には出てきていて、ああちゃんと肉体を持てた、という感じで。中途まではほぼ原作どおりに(細かい調整はあるけど)くわえた脚色というか演出が上手だったよね。ねえねえ。最終回の「(家事を)ボランティアでやります……」というのめちゃくちゃわかってしまったので先回りされた気になって、ムムムという感じに。日々は続くのだ。生活も。考えていかなくては。という気持ちになった。いつものやつだった。

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(ここだけ覚えられていた)