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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


縁あって

英文を読んでいる。ざっと6,7年ぶりですねとか数えながら、意外と読めているので、これはもう英文読解が身についているといっても過言ではない。とかいいながら、電子辞書で語をひきながら確認のためにわたしの中の語意を口にしているのだけど、ことごと違いますので、わたしの単語力よ、となります。しかもとくに上書きもされませんで、何度も同じ語を間違いながら叫んでいるわけです。

読むといったって、ざっくり意味がとれる程度なので、単語とイディオムと文法を必死にかき集めて当てはめているだけで、文章のニュアンスはわからないし、難しすぎるところは悩めるだけ悩んで飛ばします。そうすると日本語での自分の自由さって素晴らしいとか思って、マジメに書いたりレトリックを使ってみたりふざけてるふりをしながらだって書けるのだからなんて見晴らしのいい廣野。

とんでもなく当たり前のことをいうようだけど、この世にまだ日本語になっていないもの(がたり)があるということに驚く。英語にしろ古典にしろ対訳があって、つまり単語(と文法)には対応があって綺麗に並んでいたのは、だれかが藪を切り拓いて草を刈って庭にしてくれていたからであった。というわけで最近の気分は藪こぎです。あとの人のために道をえがくのは今のところわたしの仕事ではないのでとにかくこの藪の広さを植物の種類を採取するのが今の仕事です。虫にだけはご注意。大変だしすぐ眠くなっちゃうけど、嫌になってはいないのだから楽しいんだと思う。英語でも文章を読むのは楽しい。