紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


そしていつかは同じ人

能年玲奈(現:のん)さんと福士蒼汰さん、似てる~! 土屋太鳳さんと山崎賢人さん、似てる~! からの小室哲哉さんと華原朋美さん似てる~! っていう気づき、どうでしょう? うっすら似てることを菊地成孔語ではロレックス(労力士)といったのですけど、そのカップル版というか男女キャスティング版あるのではと思っていて、そしたら安田成美とココリコ田中もうっすら似なのかしら、というのは話がそれたし、わたしのできる芸能人の話ってこの程度なんですけれども!

わたしと同居人の顔が似ているかはちょっと承服しかねるし、異論反論オブジェクションありましょうけれど、中身は似てきているところがやはりあって、好きな食べ物とかタレント、間のとり方なんかはばっちり合う。

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 (オーストラリアの歌をよく歌っている)

なんかでもそれは合うというよりは、合ってきている(双方、合わせにいっている部分もあろう) という感じがする。たとえば食事。現状考えられている好み、肉肉しいものはあまり食べない、香味野菜や薬味やスパイスが好き、小鉢(副菜)が多いと喜ぶ、とかはお互いが探りながらすり合わせた結論であって、もし別の人と住んでいたら、揚げ物が多かったり、丼ものばっかりだったかもしれない。揚げ物や丼ものが嫌いなわけではないから、そのときの行動様式によってはじき出される「好み」は違っている可能性が高い。われわれふたりとも好きな食べ物の範囲がふわっと広いことも関係するのだろうけど。まあしかしその中で各自の「わりと好き」を開示して承認されて今の形に落ち着いてるのだから、まあ理想的なのではなかろうか。と考えたい。別の可能性を考えないこともないけど、そのときに現在の好みを持ち続けるか、新しい生活に合わせて調整していくか、はわからないけれど。まあとりあえず一応の答えを得ていることになる。

というようなことを、「あ、この人わたしの意に添うようにコメントしてくるな」と気づいた瞬間があって、うたがうわけではないけれど、意識的になろうと思ったのだった。たぶん他意はなくて、同居人の中ではそこにかんして空白地帯であったのを、わたしが言ったことがさらっと充当された結果なのだろうけど。だから媚びられているとかも思わないのだけど、そりゃなにもかも気が合う! サイコー! って考えたくもなるけれど、近いからこそ気をつけたいよ。