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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


地獄先生、夢★夜

先生先生、わたしずっと想ってましたの先生のこと。実をいえばそりゃ忘れていたこともありました。あの賢そうな長躯の男性やお転婆な女の人に心奪われたこともありました。小難しい話はたいそう聞きましたけれど、それでも先生のことをないがしろにしてたわけじゃありません。記憶は小匣にしまわれて深い海底にそっと置きざられているように思うかもしれませんけど、匣の隙間から少しずつ漏れ出して空気の泡のようなつぶつぶが、ホラやりませんか、布に空気をふくませてお風呂場でする遊び。わたしは何度もそれをしています。でも空気ではないですから先生の記憶はとけてわたしの海の水を塩辛くしたんでしょう。気づかないうちにわたしの海と血肉は先生たるものから成っているのです。いつも一緒。だから片時も離れてはおりません。

「猫を飼っていらっしゃいますか」
「懐かない生き物はちょっと」
「それは先生がいけずしたんでしょうでも好都合。私、猫は苦手」
「アレルギーでも。犬はいるんだ。小さいやつが」
「犬は大丈夫、そういう体質なの」
「なんでも齧る、基本は靴だが家主がいない間にはスリッパからソファまで」

こんな夢を見た。私は長患いで臥せている。入院している病室はあくまで白く、壁も床も天井も寝具もベッドの手摺迄も漂白されたような眩しく澱んだ鈍い白色。そして白い病人服を着た私の肌も白く白くどこまでも全ての境目が混ざり合っていて。死化粧には紅をさしてくれるのかしら、それならば死んだ後の方が余程生者みたいねの話し相手もいなくて、只々凝っと息を顰めるように溶けてしまっていた。不思議と窓についての記憶はなく、外はどういった風景であったか。目覚めて目の前には大きな蛇が、これ又白く、のぞく舌だけがあかく二又にわかれていた。シュウシュウと音を出しながら様子を窺っていた蛇は近づいてチロリと私の頬を嘗めて何処かへ、ぬらりとした痕、それだけで何もかもわかってしまった。

あの日、何気ない顔でいましたが、それは全くの嘯で十年前にお会いしているんです。あの部屋で。その時はナツメソウセキの話をされました。憶えていらっしゃらないでしょうけれど。中途でちぎってしまえと仰ったのは先生です。ところで先生はなにか動物に似ていると言われたことはありませんか。わたし、ひとつ知っているんです。本当はもっと前から知っていたんですが。