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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


ピラティスの先生が変わった

七月の頭からピラティスの講師が変わった。前はゆるふわテイストの若い先生。ロングヘアで服装もゆったりしていた。インド映画で踊ってる女の人みたいな感じ。新しい先生はちょこまかとしていて忙しそう(忙しくなくてもそう見えてしまうぞ)、髪は短く、タンクトップとぴっちりした短パンとスパッツを穿いている。後者の方がインストラクターという感じがむんむんにするけれど、いかんせんこれまでのイメージが強いため、どうにも違和感を感じてしまう。

講師が変わることがわかったとき、少しざわめき、何人かの受講生は事務局まで行って抗議していた。三年近く担当していたので、長いつきあいの生徒にとってはショックが大きかったのだろう。わたしは一年と少しの間、教わっていた。

いくら気に入りの先生といったって、職業としてやっているのだし、個人の事情もあろうし、こちらの気持ちで縛りつけようとするのはよろしくないと思い、抗議する人々のことをいくらか冷めた気持ちで見ていたが、こういう場合に抗議、というか意見するのは受講している者の権利として当然で、それによって教室が改善するのであれば事務局側にとってもありがたいことなのかなぁとも思う。新しい先生がもっと良い先生だったらそれでいいじゃないかという気もした。しかし、前述したとおり後任の講師が180度異なるタイプだったため、若干後悔した。

前任者がゆったりと身体を動かさせるのに比べて、新しい先生は早い動きでせかしてくる。かと思えば、右と左でカウント数が違ったり、途中から「ご自分のペースで」などと言ってきたりして、正確に運動をさせたくないのではないかと思ってしまう。ざるの目が粗い感じだ。それはそれで面白いので、わたしはマスクの下でふふっと笑うことにしている。

先生が変わってから約ひと月が経ち、どうやらお互いに徐々に慣れてきているようである。はじめの数回は変わらず事務局に意見しに行く人もいたが、どうやら、直接「こうしてほしい」と伝えた方が早く、それによって少しはのんびりした感じになったが、隙をみてはものすごい速さのカウントをしだすので気を抜けない。

最初の先生はとにかく基礎の動きをゆっくりとさせていたらしいというのが、わたしの見立てだ。もしかしたら彼女もはじめは素早いピラティスをしていたのかもしれないが、わたしの知らない二年の間に受講生に言われてゆっくりピラティスをしていたのかもしれない。し、その関係にお互い甘えていたのではないか、と勘繰ってしまう。

新しい先生はマジでポイントがずれまくっているが、運動強度は高くなり、新しいステージとしては良いのではないかと考えている。ただ、そこここで感覚が合わないというのは地味に精神を削っていくので、じきに嫌になってしまうかもしれない。

ピラティスにはいくつかの動きに名前があるが、それを急に言われても、わたし達にはわからない。しかし、いざそのポーズをとってみると、以前の先生のときにやったなと思うことがある。名称を教えずにポーズだけさせていたのだろう。それでも、手の位置とか背中の形とかはしっかり教え込まれているので、聞いたことのないポーズをまあまあ上手にできる謎の集団みたいになっているのではないか。

そんな感じで、新しい先生はわりに言語的に説明をしてくるところがあり、それが新鮮ではあるのだが、前任の講師の教え方の方が哲学的だったなぁとなんだか思うのだった。