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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


このまま夏になるのかと思っていたのが、急に梅雨がというか颱風が雨を降らせていく。久しぶりに職場に行けば、うっちゃっていった業務がそのままのしかかってきててんてこまいである。てんてこ舞い、どんな舞い?

ベランダではゴーヤとシソとニカンドラがもりもり育っていて(パクチーは種を獲っておしまい)、とくにゴーヤにはあっという間に身長を抜かされて、それでもまだまだ伸びたがっているツルたち2メートル超。遅れて立ち上がってくるようなグリーンカーテンも腰くらいまでなっている。

雨が降っても水やりを忘れてはいけないのがベランダー。今朝はその緑の生命力を前に立ちすくんでしまった。梅雨が明けるまでは花を摘むつもりだったけど、今日はできなかった。負けたの、わたし、植物に、今日は。

あのね、プランターの土の、少ない肥料の、午前中しか当たらない太陽の、たまに忘れられる水の、それだけで、なんでそこまで大きくなれるのがんばれるの。がんばれるったって植物たちは自身のプログラムにしたがっているだけなのだろうけど、人間のスケールに変換すると、そうなるの。なんでそんなにがんばれるの。苛立ちとは違うのだけど、そんなようなひたむきさに胸をうたれるのと、悔しいのと、ああでも大事には思っているから水はやるのだけど、世話しているのにされているような、そんな気持ちに毎日立ち会っているのだよ。だったよ。

寝ている枕元に積んである本を整理していたら、春に買った雑誌が出てきた。それはいわゆるブックガイドの特集のようで、幾人もの人間が、様々な方面の書籍を紹介していた。おなじみの保坂和志がいつものように小島信夫のことなどを紹介していて、おそらくそれが目当てで買ってあったのを、寝転がってぱらぱらと読む。

雑誌が手元にないので記憶で書くが(数メートルの移動を億劫がるわたしよ)、小説の、ものごとの、外側に立ちたがる人が多いけど、そしてそれは賢い人が多くて、そうできることが優越につながりやすいのだけど、小説ってそういうもんじゃないだろう、というような。記憶で引用するとこんなにふにゃふにゃになるということに驚く。あとたぶん、保坂和志の意図も、わたしがそれを重要と考えた意図も、まったく伝わらなさそうなのに愕然とする。それはそれでおもしろいのだけど、不親切という気もするので、気になる人は本文にあたってください。

 

 (というのは不親切ねと思ったので、こちらにちゃんと書きました)

biglemoi.hatenablog.com

 

また電車内で読んでいた別の書籍にも小島信夫の名前が出ていたので驚いてうれしくなった。こちらは村上春樹についての本であるのでまったくの想定外。

雨が降っているときは、ヒナ氏は傘を持っていく。ふつうの透明なビニール傘。に、ゆるキャラのシールが貼ってある。たとえば、骨付じゅうじゅう(なんなんですかね、このキャラクター)。コンビニでなにかのおまけでくれるのをもらったのをどうしようもないから同居人の傘に貼る。のがわたしです。ビニール傘はとられてしまうことも多いから、目印をつけておくのはとても大事。とはいえ、三十路の男の傘にゆるキャラがついていていいのだろうかと、はたと思う。モテとは正反対のこの所業。モテてほしいというわけではないのだけれど、無意識の生活に甘えるこの感じ、あまりよろしくないのではと思った。

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今となってはくまなのだから、自分がゆるキャラみたいなものなのだけど(でも本人は知らないからね)。

ゆるキャラで、ひそかに応援してるのはコクトくん。意外と設定がえぐいので。