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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


ノーコストはノーリターン(?)

昨日からの書類を書いていて、でもなんだか一代記みたいになってきてしまって今日もあきらめる。すごく簡単なことなのね。「興味を持った理由を教えてください」みたいな。

でも、興味を持ったから興味を持っているのよ! というような、トートロジーしか返せなくて、でもしょうがないからウンウンうなってひねり出しているのだ。「学んだことをどう活かしますか?」とか。うるさいうるさい! 以外の何ものでもない。どう活きてくるんだろうね。今までの経験からそれらを血肉にするしできることは確信しているけれど、どう活かすってアナタ。

答えは簡単なんだけどね。そういう意味のない質問をしてくるものは申し込まない。こっちから切っていく! という。それでもなんとかしたいのは、興味があることだし、お世話になってる人のところだし、というような。あとやっぱりそういう意味ないよねーっていう質問を設けてる方が、主催する方も申し込む方もマトモで楽しいことが多い。死者の国の入り口でされる質問を適当に答えたら地獄に行ってしまうような。ノーリスク(ノーコスト、だろうか)はノーリターンということが多いのだ。

四月に職場に来た人のことをあまり好きになれなくて、苦手だと思っていたのが、今日会ってなんだか普通になっていた。気持ちが楽に、胸にあった遮断機みたいのがストンとなくなってしまった。これは本当に大事件。

なんでかっていうのはわかっていて、この間のラジオの人。ラジオの彼女。

 

soulkitchen.hatenablog.com

 

苦手だった彼女のことが二泊三日で少し好きになっていて(変わらずラジオなんですけど)、そのことと関係していると思う。わたしはふたりのことを強く意識していた。から。

初対面で「この人好きだ」ってなることも多いけど、反面、どうしても苦手って思ってしまう人がいて、それでもそれを即表に出せるような性格ではないし、水面下で好きになってしまえばこっちのもんだし、波風はたたないしでまずは様子をみる。

しかしまあ人を好きになるのに負担がありすぎて、相手に対して損したような気分になってしまうこともあり(わたしはあなたを好きになるのにこんなに悩んで考えて心持を変えたんですよ!! って。それなのにあなたはのうのうと、"自分らしく"いるだけで好きになってもらえて!!! って。相手にとっては言いがかりでしかないし、もしかしたら相手も同じ心性をたどっている可能性もあるし。徒労だ。)、でもそういう考え方をしているとなかなか幸せとは遠いよな。とは思うのです。思うは思うのです。

まあいいや。ともかく、"わたしはわたし"なのだけど、でもそれが想像の外から変わっていく自分を確認すると、それは嬉しくなる。変化は外からじんわりやってきて、変わらないと思っていたものをゆっくりと変えていく。"変わること"というより、"変われること"が嬉しいのだった。