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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


植物は強い(ベランダー近況)

現在ベランダにて、

  • ゴーヤ(2株)
  • シソ(大葉)
  • パクチー
  • ニカンドラ(たくさん)

以上がむくむくと育っているところ。

パクチーは昨年からいる古株で。花が咲いて実がなって、夏前には使命を終える感じがしている。白い小さな花がたくさんついて、気がつくと緑の丸い実にかわっている。花も実も葉と同じく食べられる。パクチーの味がちゃんとする。

この実はつまりコリアンダーシード(スパイスのひとつ)なので、収穫したものの一部を食べないでとってある。乾燥したら茶色くなってきて、しかしここからどうすればいいのだろう、というところ。

シソってばあれですよ、薬味の一番手。それが買ってこなくても窓をあければ収穫できるなんて素敵すぎると思って、ぱくぱく採っていたけど様子が変。紫蘇穂というやつがつき、花が、これまた白い小さな花がぷちぷちと茎にそって咲いてきて、ほほえましく思っていたのだけどやっぱり変。なにかがおかしい。ので調べてみたら、花が咲くのは夏過ぎで5月に咲くなんてことはない(らしい)。あまりに大きくならないうちに葉を採ってしまうと、生命の危機を感じて、花をつけて実をつけて次世代へとつなごうとするモードに入ってしまうらしい。それは困ったと自分の浅はかさと食欲を呪いつつ、今度は花と穂を採っている(ひどい)。実をつけたがるシソと、種になってもらっては困るわたしの戦いだ。シソの花も実は、シソの香りが一段とつよく、やっぱり薬味になっている。

シソ育てるメモ

・だいたい30cmを超えるまでは収穫しないこと

・摘心(茎を切る)すると脇芽が出て、葉っぱが増える

ゴーヤも同じく5月から花をつけるので、コノヤローと摘んでいっています。これは合ってるのかよくわからないけど、今は葉をつけてほしい。平行して摘心(ツルを切る)もちょこちょこしている。ゴーヤを育てるのは3回目か4回目なのだけど、花の出方が今までと違うので、今年はうまくいくかもと期待しているのだった。まあでも摘んでいるのだけど。ヒナ氏の部屋の窓にゴーヤカーテンが出来そうなのだけど、ヒナ氏はカーテン(しかも二重)を閉めきっているので、あまりご利益はないようで。

ニカンドラは特に問題なくむくむくと育ち水をのむ。ごくごく。間引きを全然していなかったからぎゅうぎゅうだったのを、先日水をやらなすぎて萎れているときに茎が細いのをいくらか抜いてしまった。残酷な気もするけれど。ゴーヤのツルをネットに這わせているときもなのだけど、これは「教育」と同じなのだろうかとか考える。水がないとわかりやすく葉を閉じ倒れているのが面白い。そして水をやるとみるみる元気になる。

単純な様子に植物はアホなのかと思いつつ(ひどい)、いやアホとか人間の尺度にあてはめるなんて本当に無意味なことなのだけど、自信の身に起きていることを察し、できることをただやるというシステムが、ひとつひとつの種に、すべてに織り込まれているということが不思議だ。大きく育っていくことも不思議だ。1ミリもしない黒い粒から1メートルを超えるほどに成長したり、それぞれに花をつけたり、大変なことだ。

そしてもう花をつけるだけと思われたシソだけど、昨日あたりから新しい葉を出してきて、花を摘まれて嫌になったのか、摘心がぎりぎり核心に届いたのかわからないのだけど、今度は大事にしようと思うのだった。植物は強い。意外に強い。しかし気づいていないだけで、それは当たり前のことなのかもしれなかった。日に当たりすぎた葉はごわごわと固くなっている。新芽は鮮やかな黄緑色をしていてやわらかそうだ。ほおずりしたくなるほどだ。

そういう道理が通じないようなものものを、分かりあえるようなとそんなわけないの間を行き来しながら、実際は毎日欠かさず水をやるだけのかかわりをしている。

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ニセ科学の話は定期的に出る)

じゃあこれはっておきますね。


死者より(From The Dead) / 坂本慎太郎(zelone records official ...

死者が生きてるもののことをうたってると思って笑ってしまうのだけど、似たようなことを植物に思うようだ。