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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


熱が下がりて笛を吹く

人間の身体はかくも弱いとかうそぶきながら横たわっている。予定が入っていたのをことわる連絡をいれる。熱も下がってきたので無理したら行けるのだけど。そうして無理しない自分が悪いやつだなどと思ってしまうのだけど。メールを送ると自分がからっぽになってしまった気がした。  
昨日は昼前に熱が下がり、36度台が出たので無理をおして出勤してしまった。これは同居人には内緒。自転車で出かけたのが、あらゆる段差で頭と背骨と腰が揺さぶられてばらばらになるかと思った。弾けとぶぞわたしの身体。弱い。人間は弱い。関節が悲鳴をあげたのはわたしの代わりにであり、悲鳴をあげたかったのはわたし。あの鐘を鳴らすのはあなた。あんなにでこぼこが多いんだね、道路。時おりやってくる腹痛におののきながら。揺さぶられて頭痛がして、頭蓋骨と脳みその間をポカリスエットで満たしたらいい気持ちになるんではないかとかなかばヤケなかば本気で考えていた。やはり外出などするのではなかった。  
★  
しかし時期が悪いのだ。身体中がいたいのも腹痛も倦怠感も月のものなのではないか。判別がつかずうなっている節もある。  
熱が出た晩にあわてて着たパジャマは夏もので足先が出ていて半袖だ。治したいんだか治したくないんだか完全にあやふやな恰好でしかし代わりのを出す元気もなく、それでも腹巻きだけは探し出した矛盾。  
前回の日記は高熱のときに文章を書いたらどうなるかみたいなことを思って書いたのだった。読み返していないけれど、書いた感触でいえば、とりたてた普段と変わらなかったと思う。寝ながらiPhoneで書いたからその違いはあるかもしれないが。そして今日の文章も寝ながらiPhoneで書いている。  
確信めいて思うのは、熱があるときよりも腹痛で死にそうなときの方が文体に影響があるのではないか、ということ。だ。昨日ちょっと想像してみたところ、イェーイを濫用したあげくファンキーな文章になった。なりそうだった。それは頭の中でやってみただけだから、どこにも書かれてはいない。  
★  
昨晩は風が強かった。外出の罰があたったのか帰宅後は熱が上がり、みるみる38度まで逆もどりし、うどんをつくってもらい(泣けた……)、まずい漢方をのみ、早々に蒲団にはいらされた。就寝。  
同居人が寝にやってきたときには目がさめていたけれど、これは「寝てるときの地震の数分前に起きた!」っていうのと同じで眠りが浅かったのだと思う。同居人(くま野郎)は起こしてしまったとあわてたが違うのだ。わたしは起きていたのだ。  
眠る前にかけていた音楽が続いており、自分に酔ったようなジャズがかかっていた。作者の自己愛が漏れ出している気がしてこそばゆく、そんな音楽を同居人に気づかれたくないと動悸がはしり、また眠れなくなった。平時なら好きな音楽がうとましかった。  
風は思いついたときに向きを変えてきて窓ガラスをゆらした。ピョーと高い音がたまにする。風が強いと窓が割れるのではないかと不安になる。自分の頭と身体の隙間に風が吹き込み、また同じ隙間から風が飛び去っていく気がした。わたしは風で音楽でからっぽで痛かった。おそろしい夜だった。