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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


弁当の鬼の目に(はやく)も涙

こんにちは。弁当の鬼です。という自己紹介を数度くりかえして、弁当の鬼としての自己を外側から強化していることわたしです。

今朝はすっと起きて、たまご焼きをつくりはじめたのが本当にすばらしかった。なんの疑いもなく、朝の光が射しこむのとともにたまご焼きをつくるまでがシームレスにつながっていてとてもナチュラルにそうあるべき機械のようにたまご焼きを焼きはじめた。

そのシチュエーションのなめらかさによって、黄色と白が混ざり合ったきれいな長方形のたまご焼きができるはずだったのが、現実はうまくいかずむしろ焦げた色の謎の黄色いかたまりが誕生した。紙よ。ちがった、神よ。完璧な朝の光からお弁当の神様は焦げたたまご焼きを創造なさったのだ……。

覗き込んでくる同居人をあっちに行ってと押しやりながら朝一でへこみ、それでも食べてみたら味はよかったので気を取り直し、ただもうそれ以上のことをする気力はなかったので、本日はたまご焼き弁当。である(もちろんその他常備菜は入れました)。

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(またこの顔)

そして昼、誰もいない職場で弁当を広げてみると、それは本当にすばらしく、自分で詰めただけの米、自分で詰めただけのおかず、ただそれだけのなんでもないようなことがしあわせだったと思うとキラキラと、いえ絵面はとても地味だったのですけど(ごはんの上にはかつお節と海苔!)、そのさまにうるっときてしまい、涙ぐみながら食事をとる。わたしはひとり。もう到達点にたどり着いた気すらして、弁当の鬼をやっていてよかった(歴1日)と繰り返し思い、もういいじゃないか。弁当は。弁当の鬼編、完!!!!!

とかなんとか、達成感いっぱいで、「弁当はすばらしい」とヒナ氏に連絡いれたりして。まあまだやってみたいことはあるので、続けはするのですが、なんだかわたしはほんとうに感動症というか、素晴らしいの沸点が低すぎるのではないかという気がしてきて、恐ろしくなる。日々すばらしいと思うことしきり、そのたびに必死に日記を書く。弁当も植物も気候もなんもかもすばらしいのだ最近は(たぶん単純に精神状態がいいのだろうな。調子悪いときはぜんぜん書けないの由)。