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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


明日から鬼ごっこ

日付が変わってから日記を書きはじめることが多くて、わたしか時間のどちらかがどうかなってしまっているんじゃないだろうか。少し前までのすぐ泣き出す天気がうってかわってあたたか通り越して暑いくらいのここ数日。今日などは洗濯ものを外で干していただけで(さらば、花粉の脅威!)汗がじんわり。今季初。あわてて薄い部屋着を出してきた。夏は楽しみだけど暑いのが苦手だ。ほんとうに嫌だ。田舎のさらりとした暑さはまだましなのだけど。

それで日焼け止めをぬったりして、夏はお肌のトラブルも多いじゃないですか奥さん! 肌につけるものと汗がまじりあうのかなんなのか、とにかく悲惨! 最近はただでさえあごの辺りにできものがおとなニキビが後をたたず、これはなにが原因なのかしら、仕事のストレスとかだったらもう辞職も辞さないみたいなことを思って繙くインターネッツは「食べ過ぎ」との解を見せつけてきて、「はーん、食べ過ぎね、そうね、そうね……」。絶句。心当たりがありすぎる。というようなこと。

同居人の帰りが遅いというので、夕食をすませて風呂に入る。浴室は静かで、いつもだったらヒナ氏のひとりごとや咳払いがきこえるのだけど、本日はもちろんそれはなく、そうするうちに建物の階段を歩く音がきこえて、住んでるここはいちおう鉄骨造というやつで、隣人や上の階の音がすることはほぼないのだけど、浴室だけは特別なのか、じつは隣の部屋のやりとりがきこえる瞬間がある。じんわり外の音に耳をすませていると、どうやら帰ってきたのはヒナ氏のようで、鍵のあく音、おかえりなさい。しかしわたしの姿がどこにもないので焦っているんじゃなかろうか。各部屋をみてもわたしはいない。よくあるSFで、宇宙ステーションはたまたシェルターで自分ひとりみたいなシチュエーションを想像する。すると自分がかれの仲間の亡霊で、浴室にひそんでいるような気がしてくるのだった。

そしてそういう状況は手塚治虫の漫画にひととおりえがかれている気がして、治虫先生すげーってなるのだ。この感覚を説明して理解される自信はあんまりなくて、ただ現在はヒナ氏が共有してくれるのでありがたい。好きなタイプって、「手塚治虫をまあまあ読んでて(とりあえず『火の鳥』『ブッダ』を!!)、まあまあ会話にいれてくる人」なんじゃないかと半ば本気で思っている。信者はだめ。ある程度の距離感をもって真面目に話せたり茶化せたりしてほしい。というような。というような。(ヒナ氏のことはおいといて、)この先そういう人に出会える可能性、出会ったとしてそれに気づけるくらいの会話をできる可能性ってどのくらいあるんだろうか。気になる。

なんの因果かお弁当。お弁当箱を買った。昼食までも自炊の手をのばすことについて、ヒナ氏とは何度か話し合っていた。お弁当箱売り場にも何度も出向いた。なかなか決め手はなかったが、本日ついに購入し、ヒナ氏に連絡。明日からわたしはお弁当の鬼になります。お弁当とねこあつめの鬼になります。お弁当とねこあつめの鬼かつ「まれ」を観るために早起きをし、ベランダのプランターに水をやる心優しい鬼になります。

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(なんか、このくらいの反応)

あ、お弁当箱はくまの絵がかいてあります。ぷぷ。