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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


たたかう音楽

知り合いの女の子のライブを見にいった。繊細な内容を力強く、ときにか細くうたい、うたい、歌うその姿はとても強かった。フォークギター一本を高めにかけて、動く動く指。両手。とてもきれい。すごくなめらか。小さなステージにはひとりしかいなくて、傍らにあるのはアップル社の薄いPC、ひとつふたつ操作するだけで録音されたリズムがながれて、なるほど。現代っ子だ。いつの間にか靴をはいていない彼女は、はだしの現代っ子。一曲うたって、暑くなりましたと言って黒いジャケットをていねいに脱いだ。ふたたびギターをかける段になって、髪がはさまって、それをほどいた。「髪が長くて。すみません」

片手で髪をまとめかけて、でもそれはしぐさだけで、ウェーブのかかった髪はゆるやかに重力にしたがった。気ままなものは汗ではりついた。わたしはその髪をつかまえて、ゆわえてあげたいと思った。

彼女の歌は小説みたいだった。「よく言われます」日記よりもいっとう上等な感じだった。ほんとうは小説を書いてほしいと言いたかったのを言わなかった。歌をうたうこと以外したくなさそうだった。から。うれしいと何度もいう彼女が素直でまぶしく、わたしもうれしいと何度も言った。輝くものがすぐそこにあって、そこから離れた。

上手な音楽はわたし(達)を高揚させ、巻き込み、どこかに運んでいく。運ばれるさまを横目でみながら、なぜ素直でいさせてくれないのだろうとか考えた。お祭り気分にのせられて悪いところへ連れていかれてしまうのは嫌だ。でも、楽しくなる自分の感覚は信じたいのだ。わかっててだまされるならいいかと思ったけれど、それも違う。

こわい人たちはたくさんいて、それらはソリッド、かたくて痛い。音を楽しむ人たちはふにゃふにゃと踊っていて、出自もわからないあやしい群衆で、そういうことを怒るのは、みんな同じにしてしまいたい黒い大きな願望なのだと思った。ロボットたちが楽しむ音楽はあるのだろうか。