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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


のっける・のっかる・のっかっちゃう問題

これはある日のわたしのつぶやき。

 

つまりその。善意で(というかなんでもないこととして)書いただけのことが見つかって、それが世間とか道徳とか広く見たときには非難される側だったとき、インターネットの人たちに「正しさ」の包丁でガッサーとさばかれてしまうというイメージがあり、しかしいくらなんでも正論でエイヤッとやってしまうには不適な案件というのがあろうことだし、 それに対する策としては「ローカル化すること」なのかなというのがわたしの考えだったのですね。

ここまで、わたしの頭の中での話なので、他人さまにはなんやわからんことかとも思うのですが、「ローカル化」、田舎のお百姓さんが自分の土地に看板をめっちゃくちゃ立てて、ルールを書きまくる感じなんですね。アレ、ぜんぜん伝わっていませんね。ええと、自分の土地ことブログにですね、そのブログの在り方とかこういう世界観ですとか書いちゃうんですね書き手が。決めてっちゃうの。書き手isゴッド。そしたらとにかくその内部でのできごとは、世間の刃にはやられないんじゃないかなという目論見。

だったのだけど、そんなつぶやきにZ氏が「のっけるというかのっかる感じですよ」と意見をくれて目からウロコだったのです。ふーん。ほーん。のっかっていって!(促音多)

つまり「のっける」は受け身で、罪のない話題はそこにあっただけなのを、心無いインターネットの黒い手が連れて行ってしまうイメージが、「のっかる」になると変わってくる。自発? 可能? すると話題もしくは書き手がある程度の意志を持って、インターネットの荒波に乗り込んでいってるわけだけど(可能だとちょっと弱いけど)。

しかしZ氏によるとそれもちょっと違って、「のっかってしまう」ってのが近いのだそうで。そのアイデアはなんとなくわかったのだけど、その時点では実感がわかず。数日経って昨日くらいからなんとかわかるようになって。「のっかっちゃう」のはインターネットの文章の性質なのだから、それを覚悟したまえよということなのだった(きっちり理解しているかはちょっと不安だけれど)。

インターネットにある文章、ブログでもtwitterでもfacebookでも、書く立場にあるならば企業のサイトの言葉でもなんでも、そもそもローカルではないのだよ、といういうことで。自分の土地だと思ってるそこ、入会地ー!(みたいな? 国有地の方が近い? やーいお前の母ちゃん入会地ー!!)それは、個人の日記だぞと思って書いている人にとっては絶望のようだが、文章が書き手とだけではなく、もっと広いところから影響を受け、与え、まわりまわって還元されるのは面白いよなぁとなんだか妄想進むのだった。(のっかっちゃうのは性質として、ローカル化の方略はある程度は両立するのかもしれないなぁとも思う)

とはいえ、わたしは「のっかっちゃう」感覚あまりない。いやあるのか? ありすぎて看板立てまくろうとしてるのか……? とかなんとかそんな感じで考えますね。ともかく受け身で被害ぶるのはやめだ!(今のところはとくに被害もないのだけど)

のっかっちゃうことを念頭に、インターネット市民として、前向きに文章を出していこう。と考えた。のでした。マル。

(でもでも、正論でたたっきるには不適案件にかんしては、解決しない気がしますネ)