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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


子育てのたいへんさ

花粉症の同居人と春に外出するたった一つの冴えたやり方。

それは、一緒にアレグラを買いにいくこと、である。

(註 アレグラ:嵐の大野くんがCMをやっている花粉症の薬で処方箋がなくても買えるが薬局に薬剤師がいないと買えない(らしい)、よく効く(らしい))

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 (再掲)

 ★

ところで、この時期になると花粉症ではないはずのわたしですら、たまに鼻から水が流れる。小さなものものが鼻や目に入ったら人体の反射のようなもので、鼻水やくしゃみや涙が出るのは当然で、これと花粉症はちがうものなのだろうか(アレルギーも身体の反応ではあるのだけど)。花粉症の人はそうでない人を花粉症と言いたがるし、われわれは自分を花粉症と認めたがらない。

という疑問を投げかけたところ、「マジの花粉症は薬をのまなきゃどうにもならないんだよ」とのことで、どうも他人を花粉症にする趣味はないようで。ただただ陰鬱な表情。そして、

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なんか精神的にくるらしいです。めちゃ暗!!

とはいえ、そんな花粉症人もアレグラさえあれば大丈夫!

あたたかな日光に、「あたたかだねー」「あたたかだよー」と言いながら外出することができるのです。道中、日なたにつながれた犬を見て、クシャクシャな気持ちになる。まぶしそうに顔をしかめているのと目があう。そのおかげで十以上も歳上に見える、その犬はもちろん帰りも同じ表情でそこにいた。

目的地周辺に着いたころには正午をすぎていて昼食をとることにした。くわしくないこともあるけれど、駅の周辺にめぼしい飲食店は見当たらず、ヒナ氏が「オムライスが食べたい」と言いだしたため、店選びはさらに困難になった。駅前にある唯一の大きなビルの上にレストラン街があったはずと思い、案内板を見るが、オムライスを出しそうな店はなく、不似合なお馴染みのファストなレストランがあった。ファミレスについているイメージについては興味深いと常々思っていて、そこには学生が勉強をするような店という印象があった。しかし他は寿司とかトンカツとかでさらに気分ではなく、オムライスは夕食にまわして、ファストに食べようかという雰囲気がただよった。

レストラン街の階にいざ着いてみると、そのファミレスは大盛況で大混雑だった。大繁盛もつけたいところだが、実際どうなのかはわからない。とにかく、店の前にならべてある椅子にもずらっと人々が座っていた。駅周辺に何もないと、人々はここに集まるのだなと頭の片隅で思ったけどそれは言わず、とにかく再度、案内板をながめ、それまで選択肢に入っていなかったパスタの店に行くことになった。店名にはフランス語の単語がつけられていたが、カタカナ表記のフォントがおどろおどろしくて敬遠してしまったのだった。店舗の上部につけられた看板には可愛らしい丸いフォントでフランス語の店名が書かれていた。

店はすいていて、昔の映画を彷彿とさせるジャズ然とした音楽が流れており、悪くなかった。パスタがもちもちしていて美味しかった。偶然にも当たったということに満足し、通路をはさんで向かいの第一候補レストランの前に座る人々をながめた。

もう食べ終わるかというころに、隣のテーブルに女性の三人組が座った。彼女たちは紅茶とコーヒーを注文し、みずからの近況を報告しあった。その中で、子どもがインターネットで動画を観ることの話があった。制限をかけるけれどもどうにかして観ようとするとか、動画に感想を書きたがるけど、発信はまだ早いと思うから許さないなどと言っていて、子育ての大変さを言う母親たちの貫録ぶりが面白かったので、もっと近くでききたいと思った。しかし食事も済んでしまい、わたしたちは店を出た。

それから薬局に寄って、わたしは温湿布を、ヒナ氏はアレグラを買った。ぽんこつペアである。

帰り道、主婦たちの話になって、発信はまだ早いとはいえ、感想を正当に述べることは大事だと思うと言った。ヒナ氏は「感想をいったん紙に書き出して、母親に添削してもらってから投稿したらいいんじゃないか」とふざける感じで言っていた。それは冗談としても、サイトの閲覧可否を決めるのは親の感覚であり、それによって伸ばされなかった子ども(たち)の感性っていうのもあるんじゃないかなあと思った。母親が最高の審美眼を持っている保証はない。

みたいなことを考えて息苦しくなったのだけど、家に帰ってごろごろしながら「親の規制でつぶされる感性は所詮その程度なのだ」と思いついて、そのまま昼寝をした。