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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


電話がなっている

今日はどうしようかなと考えたときに、普通の日は日記を書いて、普通じゃない日はフィクションを書く。というのを思いつく。突然の箴言を打鍵しているうちに、連想が広がって、二十年近く前に読んだ話のことを思い出す。

それまでの十年間は通っている小学校の裏門から徒歩二分のところに住んでいたのが、両親が家を買って、数キロ離れたところに引っ越すことになり、そのせいで転校し、小学校の最後の一年だけを気の進まない学校で過ごした。そのときのことだった。当時の話は鬱々としている。気の弱いしかし頑固なわたしは、ずる休みをすることもできず、意外と健康優良児であったし、その一年を一日も休まずに通ったのだった。

それでも一度だけ心が折れた日があって、冬にはスキー教室というのがあって、一度目はなんとかやりすごしたのだが、二度目の日の班分けが自分以外全員男子になったときには、お腹が痛いと言って休もうとした。転校先のクラスに好きな人はひとりもいなかったが、それでも女子がメンバーにいたから一度目は行けたのだった。母はなにかを察したのか、スキー教室は休んでいいけど学校は行けと言った。

いつもの時間に登校したが通学路は寂しかった。と思うが、これはわたしが記憶を足したのかもしれない。そもそもが山に近い学校で、学年の人数も少なかったのだけど。同じ学年の人はだれもいなくて、「特別授業」といったか、わたしと同じ名前の数学教師(高学年だけ算数の時間に補助の女教師がついていた)と、特殊学級(といったか)の男子ひとりかふたりと人気のない教室で授業をうけたのだった。一対三なんて、教師との距離が平時より近いし、女教師とわたしは仲がよかったので、たいへん気楽だった。厚紙に印刷されたさいころを立体にして、確率の勉強だった。20回くらい転がして、出た目を記録した。確か給食の前に帰らされて(スキー教室の日だから、給食の用意がなかったのだ)、出席となった。

後日、クラスの人に「休んだね」とか通知表の欠席日数がゼロだったことをいろいろ言われたような気もする。なんと答えたかは覚えていない。避けられてたかもしれないが、いじめられていたとは思っていない。勉強は前の学校の方が進んでいたから困らなかったし、教師たちには気に入られていた。それで、卒業の日までのカウントダウンを秋くらいからずっとしていたのだった。

という話は完全に横道だったが、わたしがそれを読んだのは、その古い学校の図書館でだった。友人がひとりもいなかったので、よく図書館に行っていた。図書委員とかもやっていた。「読書クラブ」はメンツの関係で入れなかった気もするが、これはわたしがひがみからつくった記憶かもしれない。

電話がなっている (ニューファンタジー 3)

電話がなっている (ニューファンタジー 3)

 

ざっと言ったら、管理社会がめちゃくちゃ発展した世界での少年(少女)の話で、いま調べたらトラウマ話となってる人もいるっぽくて、たしかにわたしもおぼえているので知名度はあるのかもしれない。

「管理する」話をきくたびに、これを思い出す。今読んだら文学としての気づきがありそうな予感がするので、あらためて読んでみようかな。ということで寝ますね。(唐突におわり)