紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


シェフ - あと三日

   

 

彼を問いつめた朝は、とてもみじめな気分だった。心変わりされてしまうのは可哀想だった。恋にすがっているのは愚かだった。嘘をつかれているのはあわれだった。

職場では普通にしていろと言われて、もっとひどい気持ちになった。命令するものとされるのものになってしまうのはとても悲しいことだ。

間の悪いことに、午後から一緒に外出しなければいけなかった。一緒に出かけるのは、気が重くもあり、しかしまだ嬉しくもあった。いつもならばこっそり多少の優越感を持ったりしてたのも遠かった。余談だけど、助手席に誰でもいいから乗せていたい人がこの世にはいるのだと、後から気づいたりもした。同行中も重い雰囲気だった。何を言っても怒られそうだったし、何を言われても笑えそうになかった。空気は膠着していて、動きそうになかった。

帰る途中、車の中で携帯をさわる彼を見た。向こう様と連絡とっているのだろうか。よくない想像だけが広がり続けて止められなかった。でもこれは、わたしがいつもしていた悪い趣味が現実になっただけだった。別れを想像して甘さをすすっていたのが、はね返ってきているのだった。でもそれは考えていたよりずっと苦しくて痛いものだった。自分が対峙しているものが何なのかわからなくなる。自分の敵は自分なんじゃないのか? 盤石だと思っていた地面が砂になって泥になって溶け出していく。それでも、地面はあるのだと言い聞かせている。嘘だってわかっているのに、そのままだった。一緒にいられないのはわかっていたのに、そのままでいたかった。

それから、シェフのお姉さんから電話がかかってきた。近況をきかれたけど、最近どうなのかは知った上で連絡してきたんだろうな。お姉さんとは趣味が合って、仲がよかった。シェフ抜きで会うこともあった。子どもたちの面倒もみていたし。将来は親戚になるんだと思っていたからね。

シェフとうまく行っていないことは、オブラートに包んで話したけど、折込済みのようだった。なんでも、話してしまいたかったけど、どうにもならないことだとしか思えなかった。ここにきて、彼を許せる気はしなかった。話をきくよと言われて、次の日、お姉さんの家に行くことになった。

お姉さんに会うことは、彼に一応報告した。駐車場で見ましたよと言ったら、疲れたように笑っていた。この人も消耗している。可哀想に思ったけれど、同情する優しさはなかった。わたしの方がずっとずっと可哀想だった。でも、憐れまれたくはなかった。 

 

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photo by clala1220

 

お姉さんはいつものように迎えてくれた。といっても、雰囲気は緊張していた。お姉さんも続けて相談に乗って疲れているようだった。シェフ側の事情をお姉さんの口からきいたけど、心変わりのことは言っていないようだった。まあ当たり前か。そうだとしたらわたしは呼ばれないだろう。

言われたことで覚えているのは、「弟(シェフ)は最近もてているみたいだよ。何人かから告白されて断ったんだって」っていうのと、「結婚しちゃいなよ、だらしないけどいい奴だよ」っていうの。そんなこと、今さらできるのだろうか。その告白してきた人たちと向こう様の違いは何なんだろうとか考えた。わたしの歯切れは悪かった。

だってねお姉さん、あなたの弟はほかに好きな女性がいるんですよ。どうしようもないじゃないですか。