紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


ライバル達へ

なんてことだ。駅前のコンビニの道をはさんだ向かいにコンビニができてしまった。ニコニコする商店街の入り口に阿形と吽形が。しかしこの狛犬たちはライバルどうしなのだ。

先日行った寺だか神社だかも特殊な団子が有名で、駐車場から門に向かう道の右と左に同じ団子をあつかうライバル店が向かい合っていた。両方とも茶店的な感じですぐに声をかけてくるからどっちを向いて歩いていいかわからないし、どちらかに寄っていると思われたくないから前を向き真ん中を歩く。ガイドブックにも2店舗あるなんて書いてなかった。できることなら食べ比べとかしたいけど、そんなこといえる雰囲気もなく、参拝後に先に声をかけてきた方に入ったが今も釈然としていない。していないのだよ!!! あんな気まずい客商売を何十年も続けているのだからたいしたものだよ。実は両店とも親族とかで、売り上げはバックヤードで合計されてたらいいと思う。店じまいのあとは店員どうしで(ていうか親戚だし)お茶のみながら愚痴大会とかしていてほしい。

それと比べるとコンビニはドライに見えるからマシだ。そもそも別の看板だから売りも違うしカードも違う。どっちの店のパンもそれぞれおいしい。呼び込みもないし、店員が外に立ってもいないから片方に行ってみて不満足ならもう片方を訪ねられる。なんて気楽な参拝よ。ビバ・コンビニ、ラブ・コンビニ! 老舗の団子屋たちも親族会議ひらいて早く対策すべきだよ。はやくだよ。

2018年5月3日のスケッチ(現在形で)

カレンダー、ひとつは去年の12月でもうひとつは2月をしめしている

 

雨、暴雨といいたい雨のあとの晴れ、夏が来てしまう

 

夏の前に梅雨があります、ありまぁす!!

 

冬も夏もきびしく、地球、住みやすい星と言われているけど、嘘じゃない? って思う

 

駅からどんどん遠ざかり、大きな道沿いに出る。車がびゅんびゅん走っていく。人はわき役だ。大きな川を渡るように、信号が青のときは申し訳なさそうにわたる。右折したい車様よ、すまぬ、と思いながらそそくさとする。赤信号の人は太っている。空気はぬるんでいる。このぬるさを、風がなんらかを混ぜているのをわたしは感じる、それがすべてであり、伝えたいと思う。その瞬間、流されていってしまうもの、新たな瞬間がやってくる、それも伝えたい、がしかし最前のものまだ伝えてきれていない、いつか瞬間が重なって空間のような認識、たちのぼる瞬間が混ぜ合わさって、そこに名前をつけたくらいでようやっと役目を果たせた気がする(でも名前のつけたものもいちいちうたがってしまうのだけど)。一瞬一瞬につまずいている。かといって、つまずかない一瞬は無いことになってしまうので、つまずいていないと生きていられない気がする。

 

きっぱりと。たくさん持っていたって腐らせてしまう、となにかの映画で言っていた。岸部一徳岸部一徳は悪人から善人まで演じられるからすごい。じゃっかん悪人寄りだけど、それも善人を演じたときの含みになるからいいよね。お決まりの役ばかりじゃなくて、いろんな立ち位置になれるのはいい。