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紙とくまの生活。
忘れるために書く日記。


どうやら世界は続くらしいし

21時に帰ってきたら、あーじゃあこれから簡単にごはんつくってお風呂入って余裕があったらブログでも書いて寝る時間だなーとか思うんだけど、休日に家でのんびりしてて夕方ごろから昼寝しちゃって起きたら21時だったら、あーもう今日なんもできないなーこのまま寝たいなーとか思うの、時間がゆがんでるよなぁと思う。気候の良い休みの日なんかに家の中にただよってるあの空気、なんなんだろう。そういえば最近はあたたかくなってきて、外に出るとなにか匂いがして植物が薫っているんだろうとか思うけど、これは春の匂いだと思いたいな。雨が降る前の湿度を含んだ風の匂いはもう夏っぽい気もするけどね。

 

生きてるのなんでなんだろうなと思うことがあって、前からなんだけど、最近はそれがとみに強くなっていて、労働も向いておらんし社会化された自分とか想像したくないなとか。ふっと境界が歪むことがあったら、それを見せてくれる人(たち)のことが気になって好きになってしまう。境界の向こう側のものたちは世間とか自分とかとの折り合いのつけ方をたいていは教えてくれていて、それをカンフル剤にやっていくのんだろうけど、迷い続けること、悩み続けることを持っていくしかないっていう人たちもいて、まあそのへんも受け取り方なんだろうけど、とりあえず今のわたしはそちらに勇気づけられる。余生。なんていうか、世界は混沌なのだろうし。

 

深夜徘徊

最近はめっきり夜に出歩くことがなくなってしまったけれど、劇場に行った帰りはやっぱり遅くなってしまって、駅のお店もしまっていて、でもそのへんの店の感じは19時くらいだったよ。音楽をききながらまぶしい電気と頭上の空の濃紺を見比べながら、たぶん実際人はいつもより少なかったんでしょう。バスもなかなか来なかった。見たことのある車が走っていって、見逃したけど運転席、たとえばチェックのシャツとかミュージシャンの顔のかいてあるTシャツとかを着ててあの人だったらどうしよう、みたいなことを考える。格好つけて髭を生やしていて歌舞伎の役者に似ているのだ。なんていうのはあやふやな時間の街がみせる夢で、そのシャツは擦り切れるまで着ていたし、腕の付け根の染みの変色までわかっているのだわよ褪せてる褪せてる。実際はとうに肥りきっていて、首元がだるだるの服と変なズボンとサンダルで子どもを連れて徘徊していてくれよと思うのだよ。鼻毛もでておれ。ワハハ。それから夜にあいてるお菓子の店に寄って、ドーナツとかを買った。店員のオニーサンは若くすらっとして見えた。